胚珠とは
胚珠(はいしゅ、ovule)とは、種子植物の雌性生殖に関わる構造で、通常の有性生殖では受精後に種子へ発達する部分です。
被子植物では、胚珠は心皮によって包まれ、通常は雌しべの子房の内部にあります。
胚珠の内部では大胞子が形成され、そのうち通常1個が発達して胚嚢(はいのう)と呼ばれる雌性配偶体になります。典型的な被子植物の胚嚢には、卵細胞、助細胞、中央細胞、反足細胞などがあります。
受粉後、柱頭上で花粉が発芽すると花粉管が伸び、精細胞を胚珠へ運びます。花粉管は多くの被子植物で珠孔(しゅこう)から胚珠内部へ進入し、胚嚢へ精細胞を届けます。
その後、卵細胞と中央細胞でそれぞれ受精が起こる重複受精を経て、胚や胚乳が発達し、胚珠全体は種子へと発達していきます。
胚珠と種子は同じものではありません。
胚珠は受精前から存在する構造です。通常の有性生殖では、受精後に胚や胚乳などが発達し、胚珠全体が成熟した種子になります。
胚珠はどこにあるか
被子植物では、胚珠は子房内部の胎座(たいざ)と呼ばれる部分に形成されます。
1つの子房に形成される胚珠の数は植物によって大きく異なります。
例えばモモでは通常、1つの子房に2個の胚珠が形成されますが、一般にはそのうち1個が正常に発達して、果実内に1個の種子を形成します。一方、トマト、キュウリ、メロンなどでは、1つの子房に多数の胚珠が形成されます。
多数の胚珠をもつ植物でも、すべての胚珠が必ず種子になるわけではありません。受精しなかった胚珠や、受精後に胚・胚乳などの発達が停止した胚珠は、成熟種子にならないことがあります。
したがって、「子房内の胚珠数=成熟果実内の種子数」とは限りません。
胚珠の主な構造
被子植物の胚珠は、代表的には次のような構造から成ります。ただし、珠皮の数、胚珠の向き、珠柄の形などは植物によって異なります。
- 珠皮(しゅひ)
胚珠の外側を包む組織です。種子が形成される過程で、珠皮は種皮の形成に関与します。被子植物には1枚の珠皮をもつものと、内珠皮・外珠皮の2枚をもつものがあります。 - 珠孔(しゅこう)
珠皮が完全には閉じずに残る小さな開口部です。多くの被子植物では、花粉管が珠孔側から胚珠へ進入します。 - 珠心(しゅしん)
珠皮の内側に位置する組織です。被子植物では珠心内に大胞子母細胞が形成され、減数分裂などを経て胚嚢形成へつながります。 - 胚嚢(はいのう)
被子植物の胚珠内部に形成される雌性配偶体です。典型的な型では、卵細胞、2個の助細胞、中央細胞、反足細胞などから構成されます。 - 珠柄(しゅへい)
多くの植物で胚珠と胎座をつなぐ柄状の部分です。植物によっては非常に短いものや、明瞭な珠柄をもたないものもあります。 - 合点(ごうてん)
珠柄側とは反対側で、珠皮と珠心がつながる部分です。胚珠の構造や花粉管の進入経路を理解するときに使われる用語です。
胚珠と胚嚢の違い
胚珠と胚嚢は同じものではありません。
胚珠は、珠皮、珠心、胚嚢などを含む構造全体を指します。一方、胚嚢は被子植物の胚珠内部に形成される雌性配偶体です。
典型的な被子植物では、胚嚢の内部に受精に関与する卵細胞と中央細胞が存在します。
用語上の注意:
「胚珠=雌性配偶体」とするのは不正確です。雌性配偶体に相当するのは、被子植物では胚珠内部に形成される胚嚢です。
胚珠と受粉・受精
受粉とは、花粉が雌性側の受粉可能な部分へ到達することです。被子植物では通常、花粉が柱頭に付着することを指します。
受粉後、適合する花粉は柱頭上で発芽し、花粉管を伸ばします。花粉管は花柱から子房内へ進み、胚珠から出される誘引シグナルなどを受けながら胚珠へ到達します。
多くの被子植物では、花粉管は珠孔側から胚珠内部へ進入し、通常は助細胞の一つへ到達して内容物を放出します。
ただし、花粉管が必ず珠孔から進入するとは限りません。植物によっては合点側など、別の経路から胚珠へ進入する受精様式も知られています。
花粉管から放出された2個の精細胞のうち、一方は卵細胞と融合し、もう一方は中央細胞と融合します。
この二つの受精を重複受精(ちょうふくじゅせい)といいます。
重複受精と胚珠内部の変化
典型的な被子植物では、2個の精細胞はそれぞれ異なる細胞と融合します。
- 精細胞+卵細胞 → 受精卵 → 胚
- 精細胞+中央細胞 → 受精した中央細胞 → 胚乳
一般的な胚嚢では、中央細胞には2個の極核またはそれらが融合した二次核があり、精細胞との受精によって通常3倍体の胚乳核が形成されます。
ただし、胚嚢の形成様式や核数には植物群による違いがあるため、すべての被子植物について「胚乳は必ず3倍体」と断定することはできません。
胚は次世代の植物体のもととなり、胚乳は種子形成中の胚の発達や、植物によっては発芽時の養分供給にも関わります。
受精後の胚珠
通常の有性生殖で受精が正常に成立すると、胚珠内部では胚や胚乳などの形成が進み、胚珠全体が種子へ発達します。
- 受精した卵細胞 → 胚
- 受精した中央細胞 → 胚乳
- 珠皮 → 種皮の形成に関与
- 胚珠全体 → 種子
同時に、被子植物では子房が果実形成の中心となります。そのため基本的な関係は、「胚珠 → 種子」「子房 → 果実」と整理できます。
ただし、これは植物の生殖を理解するための基本形です。
受精を伴わずに種子を形成する無融合生殖(アポミクシス)や、受精せずに果実が発達する単為結果なども存在します。また、果実形成には子房以外の花托などが大きく関与する植物もあります。
したがって、「種子がある=通常の受精が必ず行われた」「果実ができた=胚珠が正常に受精した」と外観だけから断定することはできません。
胚珠と種子の違い
胚珠は種子になる前の構造、種子は胚珠が発達して形成された繁殖体です。
種子の内部には、通常、次世代の植物となる胚が存在します。植物によっては成熟種子に胚乳も多く残ります。
イネ、コムギ、トウモロコシなどでは成熟した種子にも胚乳が多く残り、人が利用する主要な貯蔵組織となっています。
一方、ダイズやインゲンなどでは種子成熟の過程で胚乳の養分の多くが子葉へ移行し、成熟時には胚乳がほとんど残らないタイプがあります。
裸子植物の胚珠
裸子植物にも胚珠があります。
被子植物との重要な違いは、裸子植物の胚珠が被子植物のような心皮や子房によって包み込まれていないことです。
マツ類では、雌性球果を構成する種鱗などに胚珠が形成されます。花粉は珠孔付近へ到達した後に発芽し、花粉管を形成して雄性配偶子を雌性配偶体側へ運びます。
一方、裸子植物でもイチョウやソテツ類では、最終的な受精に鞭毛をもつ運動性の精子が関与します。
このため、裸子植物すべてについて「花粉管が精細胞を卵細胞まで直接運ぶ」と説明するのは正確ではありません。
裸子植物についての注意:
「裸子植物では胚珠が心皮の表面についている」という説明は不適切です。被子植物の特徴である、胚珠を包み込む心皮・子房という構造を、そのまま裸子植物へ当てはめないようにします。
胚珠と結実・種子形成
農業では、受粉後に果実が十分に肥大しない、果実内の種子数が少ない、種子が途中で退化するといった現象が起こることがあります。
しかし、その結果だけから「胚珠に異常があった」「受粉不足だった」などと原因を断定することはできません。
正常な種子形成には、開花前から受精後まで複数の過程が関係します。
- 正常な胚珠・胚嚢が形成されているか
- 正常な花粉が形成されているか
- 葯から花粉が正常に放出されているか
- 柱頭へ十分な花粉が到達しているか
- 柱頭上で花粉が発芽できているか
- 花粉管が正常に伸長しているか
- 花粉管が胚珠へ正常に誘引されているか
- 重複受精が正常に成立しているか
- 受精後に胚・胚乳が正常に発達しているか
これらのどこかに異常が生じると、種子形成率や種子数が低下する可能性があります。
種子形成不良を調べるときの確認点
- 開花前から開花期にかけての高温・低温履歴
- 花粉量と花粉の発芽能力
- 葯の開裂状態
- 柱頭の受容性と受粉状況
- 花粉管伸長の状態
- 胚珠・胚嚢の形成状態
- 開花前後の水分ストレス
- 受精後の胚・胚乳の発達状態
- 自家不和合性など受精に関わる品種特性
- 単為結果性や無種子性など、その作物・品種固有の結実特性
影響の大きい要因は作物、品種、作型、温度、湿度、水分状態などによって異なります。
種子が少ないという結果だけから、ホウ素など特定の肥料成分不足、受粉不足、胚珠異常などを原因と決めつけることはできません。発生した時期と生殖過程のどの段階が障害されたのかを切り分けて確認します。
胚珠について間違えやすい点
- 胚珠=種子ではありません。
胚珠は種子になる前から存在する構造で、通常の有性生殖では受精後に発達して種子になります。 - 胚珠=胚嚢ではありません。
胚嚢は被子植物の胚珠内部に形成される雌性配偶体です。 - 胚珠=卵細胞ではありません。
卵細胞は胚珠内部の胚嚢に存在する細胞の一つです。 - 花粉そのものが卵細胞まで移動するわけではありません。
被子植物では花粉が発芽して花粉管を形成し、その内部を精細胞が運ばれます。 - 花粉管が必ず珠孔から入るとは限りません。
珠孔から進入する珠孔受精が一般的ですが、植物によって異なる進入様式もあります。 - 受粉と受精は別の過程です。
柱頭に花粉が到達しても、花粉発芽や花粉管伸長、精細胞の放出などが正常に進まなければ受精しない場合があります。 - 果実ができたことだけでは正常な受精を証明できません。
単為結果によって受精を伴わずに果実が発達する植物・品種があります。 - 種子数が少ない原因を胚珠異常だけに求めることはできません。
花粉形成から受精後の胚・胚乳発達まで、複数の段階を確認する必要があります。
胚珠の参考動画
胚珠では、受粉後に花粉管が伸長し、胚珠内部へ精細胞が運ばれて受精します。花粉管の伸長から受精までの過程は静止画だけでは理解しにくいため、次の動画が参考になります。
受粉と受精の観察―中学
NHK ONE for School
受粉と受精の観察―中学(NHK ONE for School)を見る
動画について:
この動画は、花粉管が伸長し、精細胞と卵細胞が受精する過程を理解するための参考資料として紹介しています。
農材ドットコムが制作・管理している動画ではありません。
動画の内容、公開状況、URLなどは、公開元の都合により変更または削除される場合があります。
また、胚珠の構造、花粉管の進入経路、受精までに必要な時間や条件は、植物の種類や品種によって異なります。
関連する資材分類・農業用語
参考資料
- 名古屋大学「植物の受精~受精後、ライブイメージングで全貌解明」
- 日本植物生理学会「重複受精」
- 国立科学博物館「世界最古級の被子植物化石,日本で発見」
- 横浜市立大学「精細胞を覆う膜構造の崩壊をライブイメージングで捉える」
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