種皮とは
種皮(しゅひ、seed coat)とは、種子の外側を包み、主として種子内部の胚や貯蔵組織を保護する組織です。
被子植物では、受精前の胚珠を包んでいた珠皮が、種子形成の過程で分化して種皮の主要な起源となります。
種皮の構造は植物によって大きく異なり、薄く柔らかいものから、細胞壁が厚く強固なもの、色素やフェノール性物質を多く蓄積するもの、水をほとんど通さないものまであります。
このため、種皮を単に「種子を包む硬い皮」と定義するのは不十分です。
種皮は植物によって構造も性質も大きく異なります。
厚さ、細胞壁の肥厚、リグニン・フェノール性物質などの蓄積、表面構造、透水性、ガス透過性などは植物種や品種によって異なります。
種皮はどのようにできるか
受精前の胚珠では、珠心の外側を珠皮が包んでいます。
重複受精が成立すると、胚珠は種子へ発達し、胚や胚乳などの形成と並行して珠皮も種皮へ分化します。
基本的な関係は次のように整理できます。
- 胚珠 → 種子
- 受精卵 → 胚
- 受精した中央細胞 → 胚乳
- 珠皮 → 種皮の主要な起源
ただし、珠皮が形を変えずそのまま種皮として残るわけではありません。
種子形成中には、珠皮の各細胞層で細胞壁の肥厚、色素やフェノール性物質の蓄積、圧縮、細胞死などが起こり、成熟種子特有の種皮が形成されます。
珠皮と種皮の違い
珠皮と種皮は発達段階の異なる組織です。
- 珠皮:胚珠段階で珠心を包む母植物由来の組織
- 種皮:種子形成に伴って珠皮から分化した種子外層
珠皮・種皮はいずれも、受精卵から形成される胚とは異なり、母植物側の胞子体組織に由来します。
典型的な二倍体植物では、種皮は母植物と同じ遺伝的構成をもつ2nの組織です。
このため、1個の種子の中には母植物由来の種皮と、受精によって成立した胚や胚乳という発生起源の異なる組織が共存しています。
種皮の主な役割
種子内部を保護する
種皮の基本的な役割は、胚や胚乳など種子内部の組織を外部環境から保護することです。
植物種によって程度は異なりますが、種皮は次のような影響から種子内部を守る働きをもちます。
- 機械的な衝撃や圧力
- 過度な乾燥や急激な吸水
- 病原微生物や昆虫などからの侵入
- 種子内部への物質の急激な出入り
ただし、種子の保護を種皮だけが担っているとは限りません。
植物によっては果皮や穎など別の組織も強い保護機能をもちます。
水の通りやすさに関係する
種皮は、種子への水の侵入に関係します。
水を比較的容易に通す種皮もあれば、成熟するとほとんど水を通さなくなる種皮もあります。
種皮の透水性には、細胞壁の構造、ワックスやフェノール性物質などの蓄積、表面の微細構造などが関係します。
ただし、「種皮が水分を能動的に供給・調節する」わけではありません。
種子への水の移動は、種皮の物理的・化学的性質や珠孔、へそなどの構造、周囲の水分条件などによって左右されます。
ガスの透過に関係する
発芽や発芽後の代謝には酸素が関係します。
酸素や二酸化炭素などのガスが種皮をどの程度通過できるかも、種皮の構造や含水状態によって異なります。
しかし、植物種ごとの差が大きいため、「種皮は酸素を通す」「種皮が酸素量を一定に調節する」と一律に説明することはできません。
種皮には葉の気孔のようにガス交換を能動的に制御する共通の仕組みがあるわけではなく、成熟種子では主として組織中を受動的に拡散します。
種皮と発芽
種皮は発芽にさまざまな形で関係します。
吸水性の高い種子では、水が種子内部へ入り、胚が代謝を再開します。
一方、種皮が水を通さない場合には、周囲に十分な水があっても種子内部が吸水できず、発芽が始まりません。
また、種皮やその周囲の組織が胚の伸長に対して機械的な抵抗となる場合や、種皮に存在する化学成分が発芽過程へ影響する場合もあります。
ただし、発芽しない原因をすべて種皮に求めることはできません。
種子内部の休眠、胚の活力、温度、水分、酸素、光条件なども関係します。
硬実とは
硬実(こうじつ、hard seed)とは、成熟した種子の種皮が水をほとんど通さず、適温・十分な水分条件に置かれても吸水できない状態の種子を指します。
マメ科植物や一部の雑草などでみられます。
ここで重要なのは、単に種皮が手触りとして硬いことと、硬実であることは同じではないという点です。
硬実で問題になるのは、種皮の不透水性です。
種皮が物理的に硬く見えても水を吸収できれば、硬実には該当しません。
「硬い種=硬実」ではありません。
硬実は種皮の不透水性によって吸水が阻害された状態として判断します。
硬実と物理的休眠
水を通さない種皮によって発芽が抑えられている休眠を物理的休眠(physical dormancy)といいます。
自然環境では、
- 温度変化
- 乾湿の繰り返し
- 土壌中での摩耗
- 微生物などによる種皮の変化
などによって不透水性が解除され、吸水可能になる場合があります。
この性質は、種子が一斉に発芽せず、長期間にわたって発芽時期を分散させる仕組みにもなります。
農耕地の雑草では、硬実性によって土壌中に種子が長期間残り、防除を難しくする場合があります。
硬実処理・種皮処理
硬実性をもつ種子では、播種前に種皮の透水性を高める処理が行われることがあります。
種皮に傷を付けるなどして吸水しやすくする処理をscarification(種皮処理・傷付け処理)と呼びます。
例えば農研機構では、緑肥作物セスバニアについて、種子に硬実が含まれるため、砂などと混合して傷を付けることで出芽が向上するとしています。
また、ダイズの硬実では、正常粒に比べて種皮表面の微細な孔隙が少なく、種皮へ微細な傷が形成されると吸水性が回復する例が報告されています。
ただし、傷を深く入れすぎると胚を損傷し、発芽率を低下させる可能性があります。
すべての発芽不良種子に種皮処理を行うわけではありません。
発芽不良の原因が生理的休眠、種子の劣化、病害、未熟などの場合には、種皮へ傷を付けても改善しないことがあります。作物・品種・種子処理の有無を確認したうえで判断します。
種皮と種子休眠は同じではない
種子休眠には複数の仕組みがあります。
種皮の不透水性による物理的休眠はその一つですが、胚内部の生理的な仕組みによって発芽が抑えられる生理的休眠などもあります。
例えばムギ類では、種子内部のアブシジン酸(ABA)などによる休眠制御が穂発芽性と関係しています。
したがって、
種子が発芽しない=種皮が硬い
とは判断できません。
また、種皮を除去・傷付けても発芽しない場合には、胚側の休眠や種子活力など別の要因を検討する必要があります。
種皮と珠孔・へその違い
成熟種子の表面には、種皮に関連する複数の構造がみられる場合があります。
珠孔
珠孔は、胚珠段階で珠皮の先端に存在した開口部に由来します。
成熟種子でも小さな孔や痕跡として残る場合があります。
へそ
へそ(種臍、hilum)は、胚珠・種子と珠柄が接続していた部分の痕跡です。
ダイズやインゲンなどでは、種子表面に比較的明瞭に確認できます。
珠孔とへそは同じ構造ではありません。
種子への吸水経路として、珠孔、へそ、種皮表面など複数の部位が関係する植物があります。
種皮と果皮の違い
農作物では、種皮と果実由来の果皮を混同しやすい場合があります。
- 種皮:主として胚珠の珠皮に由来する
- 果皮:主として子房壁に由来する
発生起源が異なるため、植物学上は区別します。
イネ・コムギ・トウモロコシ
イネ科の果実は穎果(えいか、caryopsis)と呼ばれます。
穎果では果皮と種皮が非常に密着し、成熟すると外観上ほとんど区別できない状態になります。
このため、日常的にはイネやコムギの粒を「種子」と呼びますが、植物学上は1個の種子を含む果実です。
落花生
ラッカセイの外側にある硬い網目状の「殻」は種皮ではなく、果皮です。
殻を割った内部の種子を覆う薄い赤褐色などの皮が種皮にあたります。
日常語の「殻」「皮」が種皮とは限りません。
農産物では果皮、種皮、穎など複数の組織を「殻」「皮」と呼ぶことがあります。植物学的な構造を確認して区別します。
「種子殻」は種皮の完全な同義語か
「種子殻」「種殻」などの語が種皮に近い意味で使われる場合がありますが、農業・食品分野の日常表現では「殻」が果皮や穎などを含めて使われることがあります。
そのため、植物形態学上の構造を明確に示す場合には、種皮(seed coat)という用語を使用する方が誤解が少なくなります。
種皮の色
種皮には、タンニン、フラボノイドなどのフェノール性物質や各種色素が蓄積し、特徴的な色を示す場合があります。
種皮色は品種識別や農産物品質とも関係します。
例えばコムギでは、赤粒系統と白粒系統で種皮へのフラボノイド由来成分の蓄積に違いがあります。
また、赤粒コムギは一般に白粒コムギより休眠性が強く、穂発芽しにくい傾向があります。
ただし、種皮色だけで休眠性や穂発芽耐性を決定できるわけではありません。遺伝的背景や環境条件など複数の要因が関係します。
種皮のムシレージ
チア、バジル、シロイヌナズナなど一部の植物では、成熟種子が吸水すると種皮表面からムシレージ(mucilage、粘質物)が放出されます。
シロイヌナズナでは、受精後に珠皮の表皮細胞が種皮へ分化する過程で、ペクチンを多く含むムシレージが細胞内外に蓄積します。
成熟種子が吸水すると、このムシレージが膨潤して種子表面へ広がります。
ムシレージは保水や種子周辺環境との相互作用などに関係すると考えられています。
ただし、すべての植物の種皮にムシレージが存在するわけではありません。
種皮と種子の保存性
種皮は外部環境との境界になるため、種子の保存性にも関係します。
種皮が損傷すると、吸湿や微生物侵入などの影響を受けやすくなる場合があります。
一方、種皮が完全であっても、高温・高湿度条件で長期間保存すれば種子内部の老化は進みます。
したがって、種皮が健全であれば種子活力が維持されるとは限りません。
採種後の乾燥状態、保存温度、湿度、期間、種子水分なども種子寿命に大きく関係します。
農業で種皮を判断するときの注意
発芽・出芽不良が起きた場合に、種皮は確認すべき要因の一つですが、種皮だけから原因を決めることはできません。
例えば次の項目を分けて確認します。
- 種子が正常に吸水しているか
- 硬実性がある作物・品種か
- 種皮に著しい亀裂や損傷がないか
- 胚が生存しているか
- 生理的休眠が残っていないか
- 採種時に十分成熟していたか
- 貯蔵中に高温・高湿度へさらされていないか
- 種子伝染性病害などがないか
- 播種床の温度・水分・酸素条件が適切か
- 播種深度が適切か
種皮を傷付ければ発芽率が上がるとは限りません。
種皮処理が有効なのは、種皮の不透水性などが発芽を妨げている場合です。正常な種子や処理済み種子へ不必要な傷を付けると、胚の損傷や病原菌侵入などにつながる可能性があります。
種皮について間違えやすい点
- 種皮=珠皮ではありません。
珠皮は胚珠段階の組織で、種子形成中に分化して種皮の主要な起源になります。 - 種皮=果皮ではありません。
種皮は主として珠皮由来、果皮は主として子房壁由来です。 - 「殻」=種皮とは限りません。
ラッカセイの殻は果皮です。イネ科でも果皮・種皮・穎などを日常的に「皮」「殻」と呼ぶことがあります。 - 種皮が硬い=硬実ではありません。
硬実では種皮の不透水性によって吸水できないことが問題になります。 - 硬実=すべての種子休眠ではありません。
物理的休眠以外にも、生理的休眠など複数の休眠機構があります。 - 種皮が発芽に必要な水や酸素を能動的に供給するわけではありません。
透水性・ガス透過性などの物理的性質が、水やガスの移動へ影響します。 - 種皮は植物によって一様ではありません。
厚さ、細胞層、透水性、色素、ムシレージなどに大きな違いがあります。 - 薄い種皮=発芽しやすいとは限りません。
胚の生理的休眠などがあれば、種皮が薄くても発芽しない場合があります。 - 種皮を傷付ければすべての休眠を解除できるわけではありません。
種皮処理は物理的休眠など特定の原因に対して有効です。 - 発芽不良=種皮異常ではありません。
胚の活力、休眠、種子成熟度、保存状態、病害、播種環境なども確認する必要があります。
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参考資料
- 日本植物生理学会「種皮の透過性について」
- 日本植物生理学会「ひまわりなどの種子の休眠について」
- 奈良先端科学技術大学院大学「種子から探る植物の細胞壁形成の分子メカニズム」
- 農研機構「ダイズ硬実の種皮表面微細構造の特徴と吸水性の回復処理」
- 農研機構「セスバニア」
- 農研機構「コムギの種皮色を簡便かつ明瞭に判別する方法」
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