珠皮とは
珠皮(しゅひ、integument)とは、胚珠の珠心を外側から包む、母植物由来の組織です。
珠皮は胚珠内部の雌性生殖組織を保護するとともに、先端部に珠孔を残すように発達します。
被子植物では、受精後に胚珠が種子へ発達する過程で、珠皮の細胞層が分化・変化し、種皮(seed coat)の主要な起源となります。
珠皮は種皮そのものと同じ発達段階を指す用語ではありません。
- 珠皮:胚珠段階で珠心を包む組織
- 種皮:珠皮を主な起源として種子形成中に分化した種子外層
珠皮=種皮ではありません。
珠皮は胚珠に存在する組織で、種子形成に伴ってその細胞層が種皮へ分化します。「珠皮がそのまま形を変えず種皮になる」と考えるのではなく、細胞の肥厚、物質蓄積、退化などを伴って種皮組織へ変化すると理解する方が正確です。
珠皮は胚珠のどこにあるか
胚珠を外側から内側へ簡略化すると、次のような位置関係になります。
珠皮 → 珠心 → 胚嚢
胚嚢は珠心内部に形成される雌性配偶体で、珠皮はさらにその外側から珠心を包みます。
典型的な胚珠では、珠皮は合点側から発達し、珠心の周囲を包み込むように伸長します。
先端部では完全に閉鎖せず、小さな開口部を残します。
この開口部が珠孔です。
珠皮と珠孔の関係
珠孔は、珠皮の先端部に残された開口部です。
多くの被子植物では、受粉後に伸長した花粉管が珠孔側から胚珠内部へ進入します。
珠孔の内側には、典型的な胚嚢では助細胞と卵細胞からなる卵装置が位置します。
つまり珠皮は胚珠を包んで保護しながら、珠孔という限定された開口部を残す構造になっています。
珠孔は珠皮とは別の独立した器官ではありません。
珠孔は、珠皮が珠心を包む過程で先端部に残される開口部です。
珠皮は何枚あるか
被子植物の珠皮の数は、すべての植物で同じではありません。
2珠皮性
2珠皮性(bitegmic)の胚珠では、珠心の外側に内珠皮と外珠皮の2枚の珠皮が形成されます。
多くの被子植物でみられる構造です。
- 内珠皮(inner integument):珠心に近い側の珠皮
- 外珠皮(outer integument):その外側を包む珠皮
1珠皮性
1珠皮性(unitegmic)の胚珠では、珠皮は1枚です。
キク科などを含む一部の被子植物群では、1珠皮性の胚珠がみられます。
したがって、「被子植物の胚珠には外珠皮と内珠皮が必ずある」という説明は不正確です。
内珠皮と外珠皮
2珠皮性の胚珠では、内珠皮と外珠皮は位置だけでなく、発生や受精後の変化も異なる場合があります。
シロイヌナズナなどでは、それぞれ複数の細胞層からなり、種子形成中に各層が異なる分化をします。
一部の細胞層は厚い細胞壁を形成したり、色素やフェノール性物質を蓄積したりします。
別の層は種子成熟中に押しつぶされたり、退化してほとんど残らなくなったりします。
このように、成熟した種皮は単純に「外珠皮1枚+内珠皮1枚」がそのまま残った構造ではありません。
どの珠皮のどの細胞層が成熟種子まで残るかは、植物種によって異なります。
珠皮と種皮の関係
受精後、胚珠は種子へ発達します。
この過程で珠皮の細胞は分化し、種皮形成へ進みます。
基本的な関係は、
珠皮 → 種子形成中に分化 → 種皮
となります。
種皮形成では、植物種に応じて次のような変化が起こります。
- 細胞壁の肥厚
- リグニンなどの蓄積
- タンニンなどフェノール性物質の蓄積
- 粘質物の蓄積
- 細胞の圧縮
- 細胞死・退化
- 表面構造の特殊化
その結果、成熟種子には植物種ごとに特徴的な種皮構造が形成されます。
種皮のすべての細胞層が成熟時まで生きたまま残るわけではありません。
珠皮由来の細胞には、種子成熟中に細胞死・圧縮・細胞壁肥厚などを起こすものがあります。
外種皮・内種皮との関係
種子の種皮について、外側部分を外種皮、内側部分を内種皮と呼ぶことがあります。
英語ではtesta、tegmenなどの用語が使われますが、これらの使い方は植物学分野や植物群によって必ずしも完全に統一されていません。
2珠皮性の植物では、外珠皮由来の種皮部分と内珠皮由来の種皮部分を区別して説明する場合があります。
ただし、珠皮由来の細胞層は成熟中に退化・融合・圧縮するため、外珠皮=成熟種子の外種皮、内珠皮=内種皮とすべての植物で単純に対応させることはできません。
種皮の硬さと珠皮
珠皮由来の種皮は、種子内部の胚や胚乳などを外部環境から保護する役割をもちます。
植物によっては種皮細胞の壁が強く肥厚したり、リグニンやフェノール性物質が蓄積したりして、非常に硬い種皮になります。
このような種皮は、
- 機械的損傷
- 乾燥
- 病原微生物
- 動物による食害
などから種子内部を保護する働きをもちます。
ただし、種皮の厚さや硬さだけで種子の耐久性を判断することはできません。
果皮など別の組織が種子を保護する植物もあり、種皮の構造は植物種ごとに大きく異なります。
珠皮と種子休眠
珠皮から形成された種皮は、植物によっては種子休眠にも関係します。
特にマメ科などでは、成熟した種皮が非常に水を通しにくくなり、種子が十分な水分を吸収できない物理的休眠がみられる場合があります。
このような種子は一般に硬実と呼ばれることがあります。
傷付け、温度変化、自然風化などによって種皮の透水性が高まると吸水が始まり、発芽可能になる場合があります。
ただし、
硬い種皮=必ず休眠種子
ではありません。
休眠には胚側の生理的要因もあり、種皮の透水性以外にもさまざまな機構があります。
珠皮と種子の吸水
成熟した種子では、珠皮由来の種皮が水の侵入経路を制御する場合があります。
種皮全体が比較的水を通しやすい植物もあれば、特定の部位から主に吸水する植物もあります。
例えばマメ科種子では、珠孔、へそ、レンズなどが吸水に関与する場合があります。
一方、種皮が水をほとんど通さない種では、それ自体が物理的休眠の原因となります。
したがって、「種皮は水を吸収する組織」「種皮は水を通さない組織」のどちらか一方に一般化することはできません。
珠皮とガス交換
発芽には酸素が必要ですが、種皮のガス透過性も植物種によって異なります。
水を通しても酸素を通しにくい種皮や、その逆の性質を示す種皮もあります。
また、種子表面に気孔が形成される植物もありますが、その数や機能は葉の気孔とは異なります。
このため、珠皮由来の種皮を一律に「酸素を通す膜」または「酸素を遮断する膜」と定義することはできません。
珠皮と種皮の粘質物
一部の植物では、珠皮から形成される種皮表皮にムシレージ(mucilage、粘質物)が蓄積します。
代表的な研究材料がシロイヌナズナです。
受精後、珠皮の表皮細胞でペクチンを多く含むムシレージが形成されます。
成熟した乾燥種子が吸水するとムシレージが膨潤し、種皮表面から放出されて種子の周囲を覆います。
チアやバジルなどでも、吸水すると種子表面に粘質物が形成されることがよく知られています。
こうした粘質物は、保水や種子周辺環境との相互作用などに関与すると考えられています。
ただし、すべての種子の珠皮・種皮がムシレージを形成するわけではありません。
珠皮と胚・胚乳の遺伝的な違い
珠皮は母植物の胞子体に由来する組織です。
典型的な二倍体植物の場合、珠皮細胞は母植物と同じ2nです。
これに対して、
- 胚:卵細胞と精細胞の受精に由来する
- 胚乳:中央細胞と精細胞の受精に由来する
- 珠皮・種皮:母植物の胞子体組織に由来する
という違いがあります。
つまり、成熟した1個の種子の中には、発生起源や遺伝的構成の異なる組織が共存しています。
種皮は受精卵から形成される組織ではありません。
種皮の主要な起源である珠皮は、受精前から母植物上に存在する組織です。
受精すると珠皮はどう変化するか
重複受精が成立すると、胚と胚乳の発達が始まるとともに、周囲にある母植物側の組織も種子形成へ向けて変化します。
シロイヌナズナでは、受精後の胚乳からのシグナルなどが珠皮の成長・種皮分化に関与することが明らかになっています。
このため珠皮は、受精とは無関係にただ硬化して種皮になるのではなく、種子内部の受精産物との情報交換を受けながら発達する母植物組織でもあります。
ただし、種皮形成の制御機構や各細胞層の役割は植物種によって異なります。
珠皮が1枚のトマト
農作物の例として、トマトの胚珠は1珠皮性です。
トマトでは1枚の珠皮が複数の細胞層からなり、種子形成の進行に伴って各層が異なる変化を示します。
成熟種子では、珠皮の外側・内側の表皮や一部の柔組織層が種皮形成に関与します。
この例からも、「珠皮が1枚=種皮も単純な1細胞層」ではないことが分かります。
裸子植物の珠皮
珠皮は被子植物だけに存在する構造ではありません。
マツ、イチョウ、ソテツなどの裸子植物の胚珠にも珠皮があります。
裸子植物では一般に胚珠が子房内に包まれていませんが、珠心は珠皮によって包まれ、その先端には珠孔があります。
受精後には珠皮が種皮形成に関与します。
ただし、裸子植物と被子植物では珠皮の発生、層構造、種皮への分化様式に違いがあります。
農業で珠皮をどう考えるか
珠皮は種皮の形成、種子保護、休眠、吸水などへつながる重要な組織ですが、通常の圃場で珠皮そのものを直接観察して生育診断を行うことはありません。
例えば発芽不良があっても、外観だけから「珠皮が厚すぎる」「珠皮異常」と判断することはできません。
発芽には、
- 種皮の透水性
- 種皮の機械的強度
- 胚の活力
- 種子休眠
- 成熟度
- 乾燥・貯蔵履歴
- 播種時の温度
- 水分
- 酸素
- 種子病害
など多くの要因が関係します。
現場での注意:
硬実や発芽不良を「珠皮が原因」と単純化しないようにします。問題になるのは成熟後の種皮構造であり、その性質も品種、成熟条件、保存状態などによって変わる場合があります。
珠皮について間違えやすい点
- 珠皮=種皮ではありません。
珠皮は胚珠段階の組織で、種子形成中に分化して種皮の主要な起源となります。 - 珠皮=珠心ではありません。
珠皮は珠心の外側を包む別の組織です。 - 珠皮=果皮ではありません。
果皮は主として子房壁に由来し、種皮とは発生起源が異なります。 - 被子植物の珠皮が必ず2枚とは限りません。
2珠皮性が広くみられますが、トマトやキク科など1珠皮性の植物もあります。 - 珠孔は珠皮とは別の器官ではありません。
珠皮の先端部に残された開口部が珠孔です。 - 珠皮がそのまま無変化で種皮になるわけではありません。
種子形成中に細胞壁肥厚、物質蓄積、細胞死、圧縮などさまざまな変化が起こります。 - 珠皮由来のすべての細胞層が成熟種子に残るとは限りません。
植物種によっては多くの層が退化・圧縮します。 - 種皮は受精卵からできるわけではありません。
珠皮・種皮は母植物側の胞子体組織です。 - 硬い種皮=必ず休眠しているとは限りません。
休眠には種皮だけでなく胚側の生理的機構も関係します。 - 発芽不良=珠皮異常ではありません。
成熟種子の種皮、胚、休眠、環境条件など複数の要因を確認する必要があります。
珠皮の参考資料
珠皮そのものの形成から種皮への分化までを一貫して解説する、公的機関・大学等による適切な日本語動画は、今回確認した範囲では見つかりませんでした。
一方、奈良先端科学技術大学院大学では、シロイヌナズナの珠皮表皮が受精後に種皮へ分化し、ムシレージを形成する過程を写真と模式図で紹介しています。珠皮から種皮への変化を理解する資料として参考になります。
奈良先端科学技術大学院大学「種子から探る植物の細胞壁形成の分子メカニズム」を見る
関連する資材分類・農業用語
参考資料
- 日本植物生理学会「植物の種子の分類について」
- 日本植物生理学会「種皮の透過性について」
- 奈良先端科学技術大学院大学「種子から探る植物の細胞壁形成の分子メカニズム」
- 上智大学「デンプン貯蔵器官アミロプラストの増殖の仕組み」
- Annals of Botany「Angiosperm ovules: diversity, development, evolution」
- Evolution & Development「Seed coat thickness in the evolution of angiosperms」
- Plants「Morphological and Structural Details of Tomato Seed Coat Formation」
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