飽差(ほうさ)

飽差
飽差(ほうさ) VPD(Vapor Pressure Deficit)

飽差(VPD)とは

飽差(ほうさ)は、
施設内の空気がどの程度乾いているかを見るための指標です。
トマト、イチゴ、キュウリ、ピーマン、レタスなどの施設栽培では、
蒸散、
気孔の開閉、
光合成、
養水分吸収などを考える手がかりになります。

ここで最初に確認したいのが単位です。
農業現場では「飽差」と「VPD」が近い意味で使われていますが、
同じ数値として扱えるとは限りません。

VPD(Vapor Pressure Deficit:水蒸気圧飽差)は、
飽和水蒸気圧と実際の水蒸気圧との差です。
主にkPaまたはhPaで表します。

日本の施設園芸では、
飽和水蒸気量と実際の水蒸気量との差を
g/m³で示した値も「飽差」と呼ばれています。
こちらは圧力差ではなく、
空気1m³あたりの水蒸気量の差です。

「飽差6」だけでは判断できません。
6kPa、6hPa、6g/m³では意味がまったく違います。
センサー、環境制御盤、アプリ、飽差表を見るときは、
数値より先に単位を確認します。

飽差・VPDの概念図-飽差VPDは飽和水蒸気圧と実際の水蒸気圧の差を示す環境制御指標
飽差・VPDは空気の乾燥度を把握するために利用されます。
VPDは水蒸気圧差、国内の施設園芸ではg/m³の水蒸気量差を「飽差」と呼ぶ場合があります。

飽差と相対湿度の違い

相対湿度は、
その温度で空気が保持できる最大の水蒸気量に対して、
実際にどの程度の水蒸気が含まれているかを割合で示した値です。

飽差・VPDは、
そこから飽和状態までどれだけ離れているかを見ます。

例えば相対湿度70%。
数字だけ見れば同じ湿度ですが、
15℃と35℃では空気の状態は同じではありません。
温度が高いほど飽和水蒸気圧や飽和水蒸気量が大きくなるため、
同じ70%でもVPD・飽差は大きくなります。

つまり、
「湿度70%だから適正」という判断はできません。
施設園芸では温度と湿度を組み合わせて見る必要があります。

同じ相対湿度でも温度が高いほど飽差VPDが大きくなる比較図
同じ相対湿度70%でも、温度が高いほど飽差・VPDは大きくなります。
相対湿度だけでは空気の乾燥状態を判断できません。

VPDの基本的な計算

空気温度を基準としたVPDは、
次の関係で求めます。

VPD = 飽和水蒸気圧 − 実際の水蒸気圧

温度T℃における飽和水蒸気圧は、
例えば次の近似式で計算できます。

飽和水蒸気圧 e(T) = 0.6108 × exp{17.27T / (T + 237.3)}

相対湿度が分かっている場合は、
次のように求められます。

VPD = 飽和水蒸気圧 ×(1 − 相対湿度 ÷ 100)

気温25℃、相対湿度70%なら、
VPDは約0.95kPaです。
同じ条件を水蒸気量差で表すと、
約6.9g/m³になります。

kPaとg/m³は異なる物理量ですが、
温度が分かれば相互に換算できます。
固定倍率では換算できません。

空気VPDと葉-空気VPDは同じではない

晴天時のハウスで、
温湿度計には問題がないのに葉がしおれることがあります。
このような場面では、
空気温度と葉温の違いも確認する必要があります。

一般的な温湿度センサーから計算するVPDは、
空気側の乾燥状態を表しています。
植物の蒸散をより直接的に考える場合は、
葉面と周囲空気との水蒸気圧差である
葉-空気VPD(leaf-to-air VPD)が関係します。

葉面の飽和水蒸気圧は葉温によって決まります。
強い日射を受けて葉温が気温より上がれば、
温湿度計から求めたVPD以上に
葉から水が失われやすい状態になる場合があります。

逆に、活発な蒸散によって
葉が冷却されれば、
葉温が気温より低くなることもあります。

VPDは植物の水分状態そのものではありません。
特に高日射時は、
葉温、根域水分、しおれの有無まで確認します。

飽差表の見方

飽差表は、
温度と相対湿度から飽差を素早く確認するための表です。
一般には温度と相対湿度の交点に値が示されています。

気温25℃、相対湿度70%なら、
g/m³表記では約6.9g/m³、
VPDでは約0.95kPa、
hPaでは約9.5hPaです。

表を見るときに注意したいのが、
色分けされた「適正域」です。

緑色だから適正、赤色だから危険とは限りません。
作物、品種、生育段階、日射、葉温、
給液量、根域水分などによって反応は変わります。

飽差表の読み方
飽差表は温度と相対湿度から空気の乾燥状態を読むための補助表です。
色分けされた適正域は全作物に共通する基準ではありません。

VPDとg/m³の飽差を混同しない

kPaとhPaは圧力の単位です。
1kPa=10hPaです。

g/m³は、
空気1m³あたりの水蒸気量を表します。

どちらも空気の乾燥度を見るために使えますが、
数値をそのまま比較してはいけません。

例えば0.8kPaという管理基準を見つけても、
それを0.8g/m³として環境制御盤へ入力すれば
全く別の設定になります。
海外資料のVPD値を国内の飽差表へ転用するときも同じです。

温度条件が分かれば換算できます。
まず単位を確認し、
必要なら換算してから比較します。

同じ飽差でも何を差としているかで単位と意味が違う
VPDはkPaやhPaで示す水蒸気圧差、
国内ではg/m³の水蒸気量差も「飽差」と呼ばれます。
数値だけを直接比較しないでください。

飽差が低すぎるとどうなるか

飽差が小さいと、
空気は飽和状態に近づき、
植物から水が蒸発しにくくなります。
蒸散も弱まりやすくなります。

早朝のハウスでよく見られるのが、
高湿度と温度低下が重なった状態です。
葉、果実、被覆材の表面温度が
露点以下まで下がると結露します。

低飽差そのものが結露ではありません。
結露には表面温度と露点の関係が必要です。

濡れた状態が長く続けば、
灰色かび病など一部の病害が発生しやすい環境になります。
病害発生は温度、濡れ時間、病原菌の存在などにも左右されるため、
飽差だけでは判断できません。

蒸散が極端に弱い状態では、
蒸散流に強く依存するカルシウムなどの移動にも影響が出る場合があります。
根からの養水分吸収全体が飽差だけで決まるわけではありませんが、
無視できない関係です。

飽差が高すぎるとどうなるか

晴天日の昼、
ハウス内が乾燥して葉から大量に水が失われると、
根からの吸水が追いつかなくなることがあります。

この状態が強くなると植物体の水分状態が悪化し、
気孔が閉じます。
気孔が閉じればCO₂を取り込みにくくなり、
光合成速度も低下します。
さらに進めば、しおれや生育低下につながります。

ここで注意したいのが生理障害です。
裂果や尻腐れは、
根域水分、給液変動、カルシウム移行、
果実肥大、温度、品種など複数の条件が関係します。

「高飽差だから尻腐れが出た」とは断定できません。
高飽差が水分バランスを崩す一因になることはあっても、
原因診断には他の条件も必要です。

低飽差・適正域・高飽差の比較図-低飽差では結露や病害リスクが高まり高飽差では蒸散過多と水ストレスが起きる模式図
飽差が小さすぎると過湿や結露が問題になり、
大きすぎると蒸散要求が高まり水ストレスにつながることがあります。

同じ飽差でも作物の反応が違う理由

例えば飽差6.9g/m³。
数字は同じでも、
晴天下で十分に根が張ったトマトと、
根傷みを起こしたトマトでは反応が違います。

前者では蒸散に必要な水を根から供給できても、
後者では吸水が追いつかず、
同じ飽差でもしおれる可能性があります。

日射も無視できません。
低日射時と強日射時では葉温が異なり、
植物が実際に受ける蒸散要求も変わります。

さらに、VPDの絶対値だけでなく
短時間にどれだけ急激に変化したかが
植物の水ストレスに関係する場合もあります。

飽差は便利ですが、
あくまで空気側の情報です。
作物側を見ることを忘れてはいけません。

飽差表だけで判断してはいけない
同じ飽差でも、日射、葉温、根域水分、根の状態が違えば作物の反応は変わります。
飽差表だけで管理を決めないことが大切です。

ミスト・加湿制御で注意すること

高温・乾燥時に細霧を噴霧すると、
水の蒸発によって気温が下がり、
同時に湿度が上がります。
結果としてVPDを下げられる場合があります。

ここまでは理屈どおりです。
問題は、噴霧した水が蒸発しきらない場合です。

葉や花、果実が濡れれば病害リスクが上がります。
換気が強すぎれば水蒸気が施設外へ逃げ、
期待した加湿効果を得られないこともあります。

センサーの位置も見落とせません。
ミスト噴口の近くに温湿度センサーを置けば、
群落全体より湿った値を拾う可能性があります。
逆に直射日光を受ければ、
正しい温湿度を測れません。

設備面では、
ノズル詰まり、水質、ろ過装置、
ポンプ能力、保守費用も確認します。

ミスト装置を入れることと、飽差を管理できることは別です。

CO₂施用と飽差管理

CO₂施用を行っているのに、
葉が水ストレスを受けて気孔を閉じていれば、
CO₂を十分に利用できません。

そこで加湿して気孔を開きやすい環境へ近づける考え方があります。
ただ、湿度を上げ続ければよいわけではありません。

過度な加湿で蒸散が減れば、
吸水や養分移動も変化します。
トマトでは、
CO₂施用と加湿を組み合わせることで乾物生産が増える反面、
蒸散量や養水分吸収量が低下する場合が確認されています。

CO₂施用と飽差制御を組み合わせるなら、
日射、換気、CO₂濃度、葉温、
給液、根の状態まで一緒に見ます。

CO₂施用・加湿・蒸散・養水分吸収の関係図-CO2施用と加湿制御では光合成だけでなく蒸散量と養水分吸収を同時に見る必要がある
CO₂施用と加湿制御では、
光合成だけでなく、気孔、蒸散、吸水、養分移動まで一緒に見る必要があります。

現場では何を確認するか

飽差を見るときは、
最初に単位、センサー、作物の3点を確認します。

  • 表示単位はkPa、hPa、g/m³のどれか
  • 飽差表、センサー、アプリ、環境制御盤で単位が揃っているか
  • 温湿度センサーは群落付近の環境を測れているか
  • 直射日光、暖房機、ミスト噴口の影響を受けていないか
  • 高日射時に葉温やしおれを確認しているか
  • 根域水分と給液量は十分か
  • 夜間や早朝に結露していないか
  • 加湿後に病害が増えていないか
  • CO₂施用中の気孔・蒸散状態に無理がないか
  • ミスト、換気、循環扇、給液の制御が互いに矛盾していないか

温湿度センサーも徐々にずれることがあります。
表示値がおかしいと感じた場合は、
設置位置だけでなくセンサー精度や校正状態も確認します。

よくある誤解

飽差とVPDは同じですか?
日本の農業現場では近い意味で使われています。
VPDは主にkPa・hPaで表す水蒸気圧差、
国内で「飽差」と呼ばれる値にはg/m³の水蒸気量差もあります。
単位を確認してください。
相対湿度70%なら適正ですか?
判断できません。
15℃の70%と35℃の70%ではVPDが違います。
作物、生育段階、日射、葉温、根域水分によっても評価は変わります。
飽差表の緑色の範囲なら安心ですか?
その表の前提条件次第です。
全作物・全生育段階に共通する適正範囲ではありません。
VPDとg/m³の飽差は換算できますか?
温度が分かれば換算できます。
固定倍率ではありません。
飽差が高いほど蒸散が進むので良いですか?
高すぎれば逆効果です。
吸水が追いつかなくなると水ストレスが強まり、
気孔閉鎖や光合成低下につながります。
飽差が低いほど植物にやさしいですか?
低すぎる状態も問題です。
蒸散が弱まりやすく、
温度条件によっては結露や病害リスクが高まります。
低飽差なら必ず結露しますか?
しません。
葉や果実、被覆材などの表面温度が露点以下まで下がることで結露します。
低飽差は結露しやすい条件の一つです。
飽差が同じなら植物への影響も同じですか?
同じではありません。
葉温、日射、風速、根域水分、根の状態などで変わります。
VPDが急激に変化した場合も植物の反応が異なることがあります。
ミスト装置を入れれば飽差管理できますか?
装置だけではできません。
換気、循環、日射、CO₂、給液、センサー位置まで含めた制御が必要です。
飽差表だけで給液量を決められますか?
決められません。
給液には日射、培地水分、根量、排液率、生育段階なども関係します。
飽差は判断材料の一つです。

参考資料

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