胚乳とは
胚乳(はいにゅう、endosperm)とは、被子植物の重複受精によって形成され、主に胚の発達や発芽後の初期生育を支える組織です。
被子植物では、花粉管によって運ばれた2個の精細胞のうち、1個が卵細胞と受精して受精卵となり、将来の胚を形成します。
もう1個の精細胞は、胚嚢内の中央細胞と受精します。この受精した中央細胞から発達する組織が胚乳です。
胚乳には植物種に応じてデンプン、タンパク質、脂質などが蓄積され、種子形成中の胚や、発芽後の芽生えへ養分を供給します。
胚乳は「胚の一部」ではありません。
胚は卵細胞と精細胞の受精から形成され、胚乳は中央細胞ともう1個の精細胞の受精から形成されます。両者は同じ種子の中に存在しますが、発生の起源が異なります。
胚乳はどのようにできるか
被子植物の受精では、花粉管から2個の精細胞が胚珠内の胚嚢へ送り込まれます。
- 精細胞+卵細胞 → 受精卵 → 胚
- 精細胞+中央細胞 → 受精した中央細胞 → 胚乳
この二つの受精を重複受精といいます。
最も一般的なタデ型胚嚢では、中央細胞には母親由来の2個の極核があり、これに父親由来の精細胞の核が加わるため、胚乳形成を始める核は通常3nとなります。
ただし、すべての被子植物の胚乳が3nとは限りません。胚嚢の形成様式によっては、5n、7nなど異なる核相の胚乳が形成される植物も知られています。
したがって、胚乳を理解するうえで重要なのは「必ず3nになること」ではなく、中央細胞が精細胞と受精した後に胚乳形成が開始されることです。
胚乳の役割
胚乳の代表的な役割は、胚や芽生えへ資源を供給することです。
ただし、胚乳の役割を「発芽時の養分貯蔵」だけに限定すると不正確です。
種子形成中の胚を支える
受精後に胚が発達する過程では、母植物から胚珠へ運ばれた物質が種子内部へ供給されます。胚乳は、この種子形成過程において胚の発達と密接に関わります。
胚乳が正常に形成されない場合には、胚の発達や種子形成そのものが正常に進まないことがあります。
貯蔵物質を蓄える
植物によっては成熟種子にも胚乳が大量に残り、デンプン、タンパク質、脂質などを貯蔵します。
イネ、コムギ、トウモロコシなどの穀類では、成熟した穀粒の大部分を胚乳が占めます。
私たちが利用する白米の主要部分や、小麦粉の主要原料となる部分も胚乳です。
発芽後の芽生えへ養分を供給する
吸水後、胚乳に蓄積された貯蔵物質は酵素によって分解され、芽生えの成長に利用されます。
例えばイネ科植物では、胚から生じるジベレリンなどのシグナルによって糊粉層で加水分解酵素の形成が促され、胚乳内のデンプンなどが分解されます。
ただし、胚乳中のデンプン分解を「発芽そのものに必須」と考えるのは正確ではありません。
植物学上の発芽は、吸水後に胚が成長を再開し、幼根などが種皮を破って外へ出る段階までを指します。穀類では、胚乳から供給される養分は特にその後の芽生えの初期成長を支えるうえで重要になります。
胚乳・胚・子葉の違い
- 胚乳
中央細胞と精細胞の受精から形成される組織。胚の発達や芽生えの初期生育を支え、植物によっては大量の貯蔵物質を蓄積する。 - 胚
卵細胞と精細胞の受精によってできた受精卵から形成される、次世代の植物体のもととなる部分。 - 子葉
胚を構成する器官の一つ。植物によっては種子成熟過程で胚乳から養分を受け取り、貯蔵器官として発達する。
したがって、胚乳と子葉はどちらも養分を蓄えることがありますが、同じ組織ではありません。
有胚乳種子と無胚乳種子
成熟種子に胚乳が残っているかどうかによって、学校教育などでは有胚乳種子と無胚乳種子に分けて説明されることがあります。
有胚乳種子
種子が成熟した後も胚乳が多く残る種子です。
代表例として、イネ、コムギ、トウモロコシ、ヒマなどがあります。
これらでは、成熟種子に残った胚乳が貯蔵組織として機能します。
無胚乳種子
種子成熟の過程で胚乳の大部分が消費・吸収され、成熟時にはほとんど残らない種子です。
ダイズ、インゲン、エンドウなどでは、胚乳に由来する資源の多くが発達中の胚へ移り、肥大した子葉が主要な貯蔵器官となります。
「無胚乳種子」という名称について:
無胚乳種子でも、一般には受精直後から胚乳がまったく形成されないという意味ではありません。種子形成の途中では胚乳が存在し、その後の発達過程で大部分が消失する植物が多くあります。
単子葉植物と双子葉植物だけでは判断できない
「単子葉植物は有胚乳種子、双子葉植物は無胚乳種子」と覚えることがありますが、これは例外の多い整理です。
例えばヒマは真正双子葉類ですが、成熟種子にも胚乳を多く残します。
反対に、単子葉植物でも成熟種子に胚乳をほとんどもたない植物があります。
したがって、胚乳の有無を単子葉植物・双子葉植物という分類だけから判断することはできません。
イネ・コムギ・トウモロコシの胚乳
イネ、コムギ、トウモロコシなどのイネ科作物では、胚乳は農業上、特に重要な組織です。
これらの穀粒では、デンプンを大量に蓄積する胚乳が大きな割合を占めます。
- イネ:白米として主に食べている部分は胚乳
- コムギ:一般的な小麦粉は主として胚乳から製粉される
- トウモロコシ:穀粒内部の大きな部分を胚乳が占め、デンプンやタンパク質を蓄積する
このため、穀類では胚乳の形成と充実は、粒重、品質、加工適性などと深く関係します。
ココナッツの胚乳
ココヤシの果実内部にある白い果肉部分も胚乳です。
さらに、若いココナッツ内部に存在する液体も、胚乳形成に由来する液状胚乳です。
発達が進むにつれて一部が細胞化し、白い固形胚乳として形成されます。
ココナッツの固形胚乳
裸子植物の「胚乳」との違い
古い教科書や資料では、裸子植物の種子にある栄養組織を「胚乳」または「一次胚乳・前胚乳」などと表現している場合があります。
しかし、被子植物の胚乳とは発生の仕組みが異なります。
被子植物の胚乳は、中央細胞と精細胞との受精後に形成されます。
これに対して裸子植物で胚へ養分を供給する主要な組織は、基本的には受精前から形成されている雌性配偶体です。
したがって、両者を同じ発生起源の組織として扱うのは不正確です。
用語上の注意:
農材ドットコムでは、混同を避けるため「胚乳」は原則として被子植物の重複受精によって形成されるendospermを指す用語として扱うのが適切です。
胚乳と種子形成不良
胚乳が正常に形成・発達しない場合、胚の発達停止や種子の未熟・不稔につながることがあります。
特に、異なる倍数性の植物間や遠縁の植物間で交雑した場合には、胚乳における母親由来ゲノムと父親由来ゲノムのバランスが崩れ、胚乳発達が異常になることがあります。
このため、交配後に胚が形成されかけても種子が正常に成熟しない場合、胚乳発達が生殖障壁の一つになっている可能性があります。
ただし、種子形成不良を見ただけで「胚乳異常」と断定することはできません。
花粉形成、受粉、花粉管伸長、胚珠・胚嚢形成、重複受精、胚形成など、他の段階も確認する必要があります。
胚乳と発芽・初期生育を判断するときの注意
発芽率が低い、出芽が遅い、初期生育が弱いという現象だけから、「胚乳が不足している」と判断することはできません。
発芽・出芽不良には、例えば次のような要因があります。
- 胚そのものの生存率や活力
- 種子の休眠
- 種子の成熟度
- 採種後の乾燥・貯蔵条件
- 種子伝染性病害
- 播種床の温度
- 土壌水分の不足または過剰
- 播種深度
- 酸素不足
- 種皮・果皮などによる発芽制限
したがって、外観や初期生育だけから胚乳異常を診断することは困難です。
必要に応じて発芽試験、種子重量、充実度、胚の状態、種子病害、貯蔵履歴、播種環境などを確認します。
「播種後の施肥で胚乳を増やせる」は誤り
成熟して播種された種子の胚乳量を、播種後の追肥によって増やすことはできません。
胚乳は、その種子が母植物上で形成・成熟する過程で発達する組織だからです。
ただし、「肥培管理は胚乳形成に関係しない」という意味ではありません。
採種・登熟中の母植物では、光合成量、温度、水分、養分供給などが種子への同化産物の供給や胚乳の充実、穀粒重、成分組成などに影響します。
したがって、次の二つは明確に分けて考えます。
- 種子形成・登熟中:母植物の生育条件や栽培管理が胚乳形成や充実へ影響する可能性がある
- 種子成熟・収穫後:その種子の胚乳量を施肥によって増やすことはできない
胚乳について間違えやすい点
- 胚乳=胚ではありません。
胚は受精した卵細胞から、胚乳は受精した中央細胞から形成されます。 - 胚乳=子葉ではありません。
子葉は胚を構成する器官です。無胚乳種子では子葉が主要な貯蔵器官となるものがあります。 - 胚乳は必ず成熟種子に残るわけではありません。
種子成熟中に胚へ吸収され、大部分が消失する植物もあります。 - 単子葉植物=有胚乳種子ではありません。
単子葉・双子葉という分類だけから成熟種子の胚乳の有無を判断できません。 - 胚乳は必ず3nではありません。
タデ型胚嚢では通常3nですが、植物種によって異なる核相の胚乳があります。 - 胚乳の養分が「発芽そのもの」に必ず必要なわけではありません。
穀類では胚乳から動員される養分は、特に発芽後の芽生えの初期成長を支えます。 - 発芽不良=胚乳不足ではありません。
胚の活力、休眠、貯蔵条件、病害、温度、水分など多くの要因を確認する必要があります。 - 播種後の施肥で既存の胚乳を増やすことはできません。
一方、母植物で種子が形成・登熟している段階の環境や肥培条件は、胚乳形成や穀粒の充実に影響する場合があります。
胚乳の参考動画
胚乳は、被子植物の重複受精で中央細胞が精細胞と受精することによって形成が始まります。この起源は文章だけでは理解しにくいため、植物の受精を実際に撮影した次の動画が参考になります。
未来を創る科学者達(24)神秘の瞬間に立ち会う ~東山哲也~
科学技術振興機構(JST)・SCIENCE CHANNEL
未来を創る科学者達(24)神秘の瞬間に立ち会う ~東山哲也~(Science Portal)を見る
動画について:
この動画は、被子植物の花粉管誘引や受精を通して、胚および胚乳が形成される起点を理解するための参考資料として紹介しています。
科学技術振興機構(JST)のサイエンスチャンネルで公開されている動画で、農材ドットコムが制作・管理しているものではありません。
動画の内容、公開状況、URLなどは、公開元の都合により変更または削除される場合があります。
また、胚乳の形成様式、核相、成熟種子に残る量、蓄積成分などは植物種や品種によって異なります。
関連する資材分類・農業用語
参考資料
- 名古屋大学「植物の受精~受精後、ライブイメージングで全貌解明」
- 日本植物生理学会「植物の重複受精について」
- 日本植物生理学会「無胚乳種子の発芽とホルモンの関係」
- 日本植物生理学会「タンニンは種子の発芽を抑制するのか。」
- 科学技術振興機構「植物の花粉は受精しなくても種子を大きくできることを発見」
- 科学技術振興機構 Science Portal「未来を創る科学者達(24)神秘の瞬間に立ち会う ~東山哲也~」
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