葉面境界層コンダクタンスとは
葉面境界層コンダクタンス(ようめんきょうかいそうコンダクタンス)とは、葉の表面近くに形成される葉面境界層を通して、熱、水蒸気、二酸化炭素(CO2)などがどの程度移動しやすいかを表す指標です。
英語ではLeaf Boundary Layer ConductanceまたはBoundary Layer Conductanceと表記されます。
記号にはgb、ga、GAなどが使われ、対象とする物質や研究分野によって表記が異なります。
値が大きいほど、葉面境界層を介した熱や物質の交換が起こりやすいことを意味します。
葉面境界層とは
葉から離れた場所では空気が流れていても、葉の表面に近づくほど空気の速度は小さくなります。
葉面付近に形成される、この空気の動きが弱い領域を葉面境界層と呼びます。
葉から放出された水蒸気や熱は、この境界層を通って周囲の空気へ移動します。
大気中のCO2も、葉面境界層を通過して葉の表面へ到達し、その後気孔を通って葉内部へ拡散します。
したがって葉面境界層は、
- CO2の取り込み
- 蒸散
- 葉温
- 顕熱交換
などに関係します。
コンダクタンスとは
コンダクタンスとは、「通りやすさ」を表す指標です。
葉面境界層コンダクタンスが大きいほど、境界層を介した物質や熱の移動が起こりやすくなります。
反対に「通りにくさ」を表す指標が葉面境界層抵抗です。
概念的には、
コンダクタンスが大きいほど抵抗は小さくなります。
古い農業気象分野の文献では「葉面境界層抵抗」という表現が多く使われています。
現在の植物生理・環境計測ではコンダクタンスとして扱うことも多いため、文献を調べる際は両方の用語を確認します。
葉面境界層の厚さとの関係
一般に、葉面境界層が厚くなると熱やガスが移動する距離が長くなり、境界層を介した交換は制限されやすくなります。
風によって境界層が薄くなったり、境界層内の空気が乱されたりすると、葉面境界層コンダクタンスは大きくなる方向へ変化します。
ただし、
「境界層の厚さ」だけで葉面境界層コンダクタンスが一意に決まるわけではありません。
気流の状態、乱れ、葉の形状、温度差なども影響します。
風速と葉面境界層コンダクタンス
一般に葉面付近の風速が増加すると、葉面境界層は薄くなり、葉面境界層コンダクタンスは高くなる方向へ変化します。
例えば風の弱い施設内では葉の周囲に動きの小さい空気層が形成されやすくなります。
循環扇などによって葉付近に気流をつくると、葉と周囲の空気との熱・水蒸気・CO2交換を促進できる場合があります。
「葉面境界層を破壊する」という表現は正確ではありません。
農業現場では意味が伝わりやすいため使われることがありますが、実際には
「葉面境界層を薄くする」
「葉面境界層内の空気を乱す」
「葉面境界層コンダクタンスを高める」
と表現した方が現象を正確に表します。
風速だけでは決まらない
同じ風速でも葉面境界層コンダクタンスが同じになるとは限りません。
影響する主な条件には、
- 葉の大きさ
- 葉の形
- 風向に対する葉の角度
- 葉の表面形状
- 葉の揺れ
- 気流の乱れ
- 葉温と気温の差
などがあります。
一般に大きな葉では、同じ風速条件でも葉の中央部などに厚い境界層が形成されやすくなります。
風によって葉が揺れる場合には、固定された平板とは異なる境界層が形成されます。
風速計の数値だけから葉面境界層コンダクタンスを正確に決めることはできません。
強制対流と自然対流
葉と空気との熱交換や物質交換は、送風による気流だけで起きるわけではありません。
循環扇や外気の風などによって生じる空気の流れを強制対流といいます。
これに対して、葉温と気温の差による空気密度の違いによって起こる空気の流れを自然対流または自由対流といいます。
風速が小さい条件では、自然対流の影響を無視できない場合があります。
このため葉面境界層コンダクタンスを精密に推定する場合には、風速だけでなく葉温と気温の差も考慮することがあります。
葉面境界層コンダクタンスと気孔コンダクタンス
気孔コンダクタンスと葉面境界層コンダクタンスは別の指標です。
葉面境界層コンダクタンス:
葉の外側にある境界層を熱や気体が通過するしやすさ。
気孔コンダクタンス:
葉の気孔を水蒸気やCO2などが通過するしやすさ。
CO2が外気から葉内部へ入る場合には、葉面境界層と気孔の両方を通過します。
蒸散では、葉内部の水蒸気が気孔を通過し、さらに葉面境界層を通って周囲の空気へ移動します。
したがって、
どちらか一方のコンダクタンスだけで葉全体のガス交換を説明することはできません。
循環扇が直接変えるのはどちらか
循環扇によって葉の周囲に気流をつくると、直接的に変化するのは主として葉外部の気流条件です。
このため、まず葉面境界層コンダクタンスが変化します。
気孔コンダクタンスは植物自身による気孔開閉の影響を受けます。
風によって葉温、蒸散、植物体の水分状態などが変化すれば、その結果として気孔コンダクタンスも変化する可能性があります。
「循環扇を回すと気孔コンダクタンスが直接高くなる」と説明するのは不正確です。
葉面境界層コンダクタンスと光合成
大気中のCO2は、葉面境界層を通り、気孔を通過して葉内部へ入ります。
風が極端に弱く葉面境界層抵抗が大きい場合には、この境界層がCO2拡散を制限する要因になることがあります。
葉面境界層コンダクタンスを高めることでCO2交換を促進できる場合があります。
しかし、
葉面境界層コンダクタンスを高めれば、必ず光合成速度が上がるわけではありません。
光合成には、
など複数の制限要因があります。
すでに葉面境界層の抵抗が十分小さい状態で、さらに風速を高めても光合成速度が同じ割合で増加するとは限りません。
葉面境界層コンダクタンスと蒸散
葉面境界層は、葉から外気へ移動する水蒸気に対しても抵抗になります。
葉面境界層コンダクタンスが高くなると、他の条件が同じであれば水蒸気が移動しやすくなります。
そのため風を強くすると、条件によっては蒸散が増加します。
蒸散増加によって葉温が低下する場合がありますが、根からの吸水が追いつかなければ植物体の水ポテンシャルが低下する可能性があります。
さらに水分ストレスが強くなれば気孔が閉じ、結果として気孔コンダクタンスや光合成速度が低下することもあります。
風は強ければ強いほどよいわけではありません。
葉面境界層コンダクタンスと葉温
葉は日射を吸収すると温度が上昇します。
葉面境界層コンダクタンスが高くなると、葉と空気との顕熱交換も起こりやすくなります。
また蒸散による潜熱交換にも関係します。
このため葉温は、
- 日射
- 気温
- 湿度・飽差
- 気孔コンダクタンス
- 葉面境界層コンダクタンス
などの組み合わせによって決まります。
風を当てれば常に葉温が下がる、と一律には判断できません。
葉温が気温より低い条件では、気流による顕熱交換が葉を温める方向に働く場合もあります。
施設園芸と葉面境界層コンダクタンス
ビニールハウスなどでは、換気窓を閉じた状態や風の弱い条件で、作物群落内の気流が非常に小さくなることがあります。
このような環境では、
- 温度
- 湿度
- CO2濃度
- 葉面境界層コンダクタンス
に場所による差が生じる場合があります。
循環扇を利用すると、施設内の空気を混合し、作物群落内の気流を増やすことができます。
農研機構の温室トマトを対象とした研究では、循環扇による気流によって葉と周囲環境との物質・熱交換が促されることや、温室内の気流・気温分布を改善できることが報告されています。
ただし、
特定研究で示された風速値を、全作物・全施設の適正風速として使用してはいけません。
適切な気流条件は、作物、葉面積、群落構造、施設形状、温湿度、灌水能力などによって異なります。
循環扇の風速だけを測っても十分ではない
循環扇の吹出口で高い風速が得られていても、作物群落内部まで同じ風速が届くとは限りません。
葉や茎によって気流は遮られ、循環扇からの距離によっても変化します。
農研機構の研究でも、トマト群落を置くことで循環扇気流の到達範囲が縮小することが確認されています。
循環扇を評価する場合には、
ファンの風量だけでなく、実際の葉付近でどの程度の気流が生じているか
を確認する必要があります。
「葉面境界層を破壊すればよい」という考え方の問題点
葉面境界層は異常現象ではありません。
流体が葉のような固体表面に接して流れることで生じる物理的な現象です。
したがって、
葉面境界層を完全になくすことを栽培管理の目標にする考え方は適切ではありません。
施設園芸で必要なのは、極端な無風状態や環境むらを避け、葉と周囲環境との熱・物質交換を適切な範囲にすることです。
循環扇はそのための手段の一つです。
葉面境界層コンダクタンスでよくある誤解
葉面境界層コンダクタンスは風速と同じものだと考える:
風速は重要な要因ですが、葉の寸法、形、角度、揺れ、温度差なども関係します。
風を当てれば境界層が完全になくなると考える:
境界層は流体力学的に形成されます。風によって薄くなったり構造が変化したりすると考える方が正確です。
葉面境界層コンダクタンスと気孔コンダクタンスを同じものと考える:
前者は葉の外側、後者は気孔を介するガス移動を表します。
循環扇を強くするほど光合成が高くなると考える:
蒸散増加や水分ストレス、気孔閉鎖などが起これば逆効果になる場合があります。
循環扇のカタログ風量だけで効果を判断する:
作物群落によって気流は大きく変わります。実際の葉付近の風速や施設内の分布を確認します。
0.3~0.5m/sなど特定の風速を全作物共通の適正値と考える:
研究や栽培マニュアルで示される値は特定の施設・作物・目的を前提としています。普遍的な最適値ではありません。
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