DNAマーカー育種とは
DNAマーカー育種(でぃー・えぬ・えーまーかーいくしゅ)とは、目的とする形質に関係する遺伝子や染色体領域と関連したDNA配列の違いを「目印(DNAマーカー)」として利用し、交配によって得られた個体の中から目的の遺伝的性質を持つ個体を選抜する育種方法です。
「マーカー選抜育種」「DNAマーカー選抜」「マーカー利用選抜(Marker-Assisted Selection:MAS)」などと呼ばれることもあります。
従来の育種では、植物を実際に栽培して病害抵抗性、成熟期、収量、品質などの形質を確認してから選抜する必要があります。DNAマーカーを利用すると、利用するマーカーや対象形質によっては、幼苗など生育の早い段階から遺伝子型を調べて候補を絞り込むことができます。
DNAマーカーとは
同じ作物でも、品種や系統によってDNAの塩基配列には違いがあります。このうち、目的とする遺伝子や形質との関係が確認され、個体を識別するための目印として利用できるDNA配列の違いがDNAマーカーです。
DNAマーカーは、必ずしも目的遺伝子そのものとは限りません。目的遺伝子の近くにあり、一緒に子孫へ受け継がれやすいDNA配列をマーカーとして利用する場合もあります。目的遺伝子とマーカーとの距離が離れている場合には、減数分裂時の組換えによって両者が分離する可能性があるため、マーカーの位置や選抜精度を確認する必要があります。
DNAマーカー育種の流れ
一般的なDNAマーカー選抜では、次のような工程を組み合わせます。
- 目的形質とDNAマーカーの関係を確認する
病害抵抗性、出穂期、品質などの目的形質と関連する遺伝子や染色体領域を調べ、選抜に利用できるDNAマーカーを開発・選定します。 - 育種材料を交配する
導入したい形質を持つ系統と、栽培性や品質などに優れる系統を交配します。 - DNAを採取・解析する
交配後代の葉などからDNAを抽出し、PCRなどを利用してDNAマーカーの型を調べます。 - 目的の遺伝子型を持つ個体を選抜する
マーカーの解析結果を基に、目的とする遺伝子や染色体領域を受け継いでいる可能性の高い個体を残します。 - 交配・選抜を繰り返す
戻し交雑などを行いながら、必要な性質を組み合わせた系統を育成します。 - 実際に栽培して性能を評価する
DNAマーカーで選抜された個体についても、最終的には圃場や施設で栽培し、収量、品質、病害抵抗性、環境適応性などを確認します。
DNAマーカー育種の利点
生育の早い段階で選抜できる
目的形質が現れるまで待つ必要がない場合があります。果実が付くまで長期間を要する果樹や、成熟後に確認する形質などでは、育種の効率化につながります。
形質を直接評価しにくい場合にも利用できる
病害抵抗性の検定など、評価に病原菌の接種や特別な試験設備を必要とする形質では、信頼できるDNAマーカーがあれば多数の個体を早い段階で絞り込むことができます。
複数の遺伝子を組み合わせる選抜に利用できる
複数の抵抗性遺伝子などを一つの品種に集積する場合、それぞれに対応したDNAマーカーを利用して遺伝子型を確認できます。このような方法は、病害抵抗性遺伝子の集積などに利用されています。
圃場で評価する個体数を減らせる場合がある
幼苗段階で候補を絞り込めれば、目的形質を持たない個体を大量に圃場へ植える必要がなくなり、育種圃場、管理作業、調査作業を削減できる場合があります。
DNAマーカー育種の限界と注意点
DNAマーカーがあれば、どの形質でも選抜できるわけではない
DNAマーカー育種を行うには、目的形質とDNAマーカーとの関係が十分に確認されている必要があります。同じマーカーでも、品種や交配集団が異なると期待した精度が得られない場合があります。
収量などの複雑な形質には適用しにくい場合がある
病害抵抗性など一つまたは少数の効果の大きい遺伝子によって決まりやすい形質ではDNAマーカー選抜が有効です。
これに対し、収量、品質、環境ストレス耐性など、多数の遺伝子と栽培環境が関係する形質では、少数のDNAマーカーだけから性能を正確に判断することは困難です。このような複雑形質では、ゲノム全体に分布する多数のDNAマーカーを利用して形質を予測する「ゲノミックセレクション」などが利用される場合があります。
DNA解析だけで新品種を完成させることはできない
DNAマーカーは目的とする遺伝的性質を持つ個体を選ぶための有力な手段ですが、実際の収量、品質、草姿、栽培性、地域適応性などをすべてDNAマーカーだけで評価できるわけではありません。
最終的な品種育成では、従来の育種と同様に実際の栽培試験による評価が必要です。DNAマーカー育種は従来の育種を置き換える技術ではなく、交配や栽培試験と組み合わせて選抜を効率化する技術と考えるのが適切です。
必ずしも育種コストが安くなるとは限らない
多数の不要な個体を早期に除外できるため、育種全体の作業量や圃場面積を減らせる場合があります。一方、DNAマーカーの開発、DNA抽出、PCRや遺伝子型解析には設備、試薬、技術者などが必要です。対象作物、検体数、解析方法によってはDNA解析に相応の費用がかかります。
遺伝子組換え・ゲノム編集との違い
DNAマーカー育種は、DNAを調べて目的の個体を選ぶ技術です。DNAマーカーを調べること自体によって植物の遺伝子を書き換えるわけではありません。
遺伝子組換えは外部から遺伝子を導入する技術を含み、ゲノム編集は狙ったDNA配列に変化を起こす技術です。
「DNAを利用する」という点だけを見ると混同されやすいものの、DNAマーカー育種は主に交配などによって生じた個体の遺伝情報を調べ、目的に合う個体を選抜するために利用されます。
DNAマーカー育種の利用例
DNAマーカーは、水稲、麦類、ダイズ、野菜、果樹などさまざまな作物の育種で利用されています。
たとえば水稲では病害虫抵抗性、出穂期、カドミウム低吸収性などに関係する遺伝子型の選抜に利用されています。野菜や果樹でも、病害抵抗性や果実・球の特性などに関連するDNAマーカーの開発と育種利用が進められています。
注意:
「DNAマーカーが検出された=目的形質が必ず発現する」とは限りません。マーカーと目的遺伝子との連鎖の強さ、遺伝的背景、栽培環境、複数遺伝子の作用などによって結果は異なります。DNAマーカーによる選抜結果と実際の形質評価を組み合わせて判断します。
関連する資材分類・農業用語
参考資料
- 農林水産技術会議「ゲノム情報の品種改良への利用-DNAマーカー育種-」
- 農林水産省・農研機構「作物のゲノム情報を活用したDNAマーカー選抜育種」
- 農研機構 広報誌「DNAマーカー育種」
- 農研機構「『コシヒカリ環1号』の判別マーカーによるハイスループットなDNAマーカー選抜実験プロトコール ver2.0」
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