飽差(VPD)とは
飽差(ほうさ)・VPDとは、空気があとどれだけ水蒸気を受け入れられるかを示す、施設園芸の環境制御で重要な乾き具合の指標です。トマト、イチゴ、キュウリ、ピーマン、レタスなどの栽培では、蒸散、気孔の開閉、光合成、養水分吸収、病害リスクを判断する材料になります。
ただし、VPDと飽差を何の説明もなく完全な同義語として扱うのは危険です。VPD(Vapor Pressure Deficit)は、飽和水蒸気圧と実際の水蒸気圧の差を表し、主にkPaまたはhPaで示されます。一方、日本の施設園芸現場では、飽和水蒸気量と実際の水蒸気量の差をg/m³で示し、それを「飽差」と呼ぶ場合もあります。
つまり、農業現場で「飽差を見る」と言う場合は、まず単位がkPaなのか、hPaなのか、g/m³なのかを確認しなければなりません。単位を確認しないままミスト、換気、除湿、加温、CO₂施用を判断すると、過湿、しおれ、病害、養分吸収不良、設備投資の失敗につながります。
飽差と相対湿度の違い
相対湿度は、現在の空気がその温度でどれくらい水蒸気を含んでいるかを割合で示す値です。一方、飽差やVPDは、空気がさらに水蒸気を受け入れられる余地を示します。
ここで重要なのは、相対湿度が同じでも、温度が高いほど飽差は大きくなるという点です。たとえば同じ相対湿度70%でも、15℃、25℃、35℃では空気が含むことのできる水蒸気量が違うため、飽差・VPDも同じにはなりません。
そのため、施設園芸では「湿度70%だから適正」といった判断は不十分です。温度と相対湿度を組み合わせて飽差を見なければ、蒸散が強すぎるのか、弱すぎるのかを誤って判断する可能性があります。
VPDの基本的な計算
VPDは、基本的には次の関係で考えます。
VPD = 飽和水蒸気圧 − 実際の水蒸気圧
温度T℃における飽和水蒸気圧は、一般に次のような式で近似されます。
飽和水蒸気圧 e(T) = 0.6108 × exp{17.27T / (T + 237.3)}
相対湿度を使う場合は、次のように考えられます。
VPD = 飽和水蒸気圧 ×(1 − 相対湿度 ÷ 100)
例として、気温25℃、相対湿度70%の場合、VPDはおよそ0.95kPaです。これを同じ温度条件で水蒸気量差に換算すると、およそ6.9g/m³程度になります。ただし、実際の管理では、使用している機器や飽差表がどの単位で表示しているかを必ず確認します。
飽差表の見方
飽差表とは、温度と相対湿度の交点から、飽差の目安を読み取るための表です。多くの場合、横軸に温度、縦軸に相対湿度を置き、交差するマスに飽差の値が表示されています。
たとえば、気温25℃、相対湿度70%であれば、飽差表の25℃列と70%行の交点を見ます。g/m³表記の飽差表では、この条件でおよそ6.9g/m³と表示される場合があります。
ただし、飽差表の色分けや目安域は、全作物に共通する正解ではありません。作物、生育段階、日射、葉温、給液条件、根の状態によって、適正と判断できる範囲は変わります。
VPDとg/m³の飽差表は同じではない
飽差・VPDで最も誤解されやすいのが、kPa、hPa、g/m³の単位混同です。
kPaとhPaは、どちらも水蒸気圧の差を表す圧力の単位です。1kPaは10hPaに相当します。一方、g/m³は、空気1m³あたりにあと何gの水蒸気を含めるかを示す水蒸気量差の単位です。
そのため、同じ「飽差」という言葉が使われていても、VPD表ではkPaやhPa、国内の飽差表ではg/m³が使われる場合があります。数値だけを見て直接比較してはいけません。
飽差が低すぎる場合の問題
飽差が低すぎる状態は、空気が水蒸気で満たされやすい状態です。このとき植物からの蒸散は弱くなり、葉や果実、施設内の部材に結露が生じやすくなります。
結露や過湿が続くと、灰色かび病など湿度を好む病害のリスクが高まります。また、蒸散が弱すぎると、根からの吸水や養分移動も弱くなりやすくなります。特にカルシウムのように蒸散流と関係する養分では、生理障害のリスクを無視できません。
したがって、「湿度を高くすれば光合成に良い」「低飽差の方が作物にやさしい」という単純な理解は危険です。
飽差が高すぎる場合の問題
飽差が高すぎる状態は、空気が強く乾いている状態です。このとき植物からの蒸散は強くなりますが、根からの吸水が追いつかないと水ストレスが発生します。
水ストレスが強まると、気孔が閉じやすくなり、CO₂の取り込みや光合成が低下します。高飽差状態では、葉のしおれ、果実の裂果、尻腐れなどの生理障害、草勢低下が問題になることがあります。
ただし、どの程度の飽差が危険かは、作物、品種、生育段階、日射、葉温、風速、培地水分、根量によって変わります。数字だけで断定してはいけません。
飽差表だけで判断してはいけない理由
飽差表は便利ですが、飽差表の数値だけで換気、加湿、ミスト、CO₂施用、給液を決めるのは危険です。同じ飽差でも、日射、葉温、根の状態、給液量、作物の見た目が違えば、作物の反応は変わります。
たとえば、同じ飽差6.9g/m³でも、晴天で根張りが十分な株と、曇天で日射が弱い株、根傷みや水分不足がある株では、必要な判断は同じではありません。飽差表は空気側の指標であり、作物側の状態を直接示すものではありません。
現場では、飽差表に加えて、日射、葉温、給液、根の状態、葉色、葉の張り、しおれ、結露、病害の有無を必ず確認します。
ミスト・加湿制御で誤解されやすい点
ミストや細霧冷房は、施設内の飽差を下げ、過乾燥を抑える手段として使われます。しかし、ミストを導入すれば飽差管理が成功するわけではありません。
- 葉や花、果実が濡れると病害リスクが高まる
- 過湿が続くと蒸散と養水分吸収が弱くなる
- 換気、循環扇、日射、CO₂濃度と連動しないと効果が不安定になる
- センサー位置が悪いと、実際の群落内環境と表示値がずれる
- 水質、ノズル詰まり、保守費用、電気代も無視できない
飽差管理は、ミスト装置の導入そのものではなく、温度、湿度、日射、風、CO₂、給液、病害リスクを同時に見る管理です。
CO₂施用と飽差管理
CO₂施用を行う施設では、飽差や湿度管理が重要になります。湿度が低すぎて気孔が閉じやすい状態では、CO₂を施用しても葉内への取り込みが十分に進まない場合があります。
一方で、湿度を高めすぎると蒸散量が低下し、根からの吸水や養分吸収が弱くなることがあります。特にトマトなどの果菜類では、光合成、蒸散、養水分吸収、生理障害を切り離して考えるべきではありません。
したがって、CO₂施用と飽差管理を組み合わせる場合は、単に「湿度を上げる」のではなく、日射、換気、CO₂濃度、給液量、葉の状態、根の状態、病害発生状況を見ながら調整する必要があります。
現場で確認すべきポイント
- 表示されている飽差の単位はkPa、hPa、g/m³のどれか
- 飽差表、センサー、アプリ、環境制御盤の表示単位が一致しているか
- センサーは群落付近の実態を拾っているか
- 温湿度センサーは直射、暖房機、ミスト噴口の影響を受けていないか
- 相対湿度だけでなく、温度と飽差の変化を見ているか
- 日射が強い時間帯に葉がしおれていないか
- 曇天時や低日射時に給液過多になっていないか
- 夜間や早朝に結露が出ていないか
- 加湿後に灰色かび病などの病害が増えていないか
- CO₂施用時に蒸散不足や養分欠乏が起きていないか
- ミスト、換気、循環扇、給液が連動しているか
よくある誤解
- 飽差とVPDは同じですか?
- 近い意味で使われますが、厳密には注意が必要です。VPDは水蒸気圧の差で、主にkPaやhPaで示されます。日本の施設園芸で使う飽差は、g/m³の水蒸気量差を指す場合があります。必ず単位を確認します。
- 相対湿度70%なら適正ですか?
- 条件次第です。同じ70%でも気温が違えば飽差は変わります。作物、生育段階、日射、葉温、培地水分、CO₂施用の有無も関係します。
- 飽差表はそのまま使ってよいですか?
- 使えますが、表の単位と前提条件を確認する必要があります。g/m³の飽差表なのか、kPaやhPaのVPD表なのかで数値の意味が変わります。また、同じ数値でも作物、生育段階、日射、葉温、給液状態で判断は変わります。
- 飽差表の色分けは正しいですか?
- 条件次第です。色分けは分かりやすい補助表示ですが、全作物・全ステージに共通する正解ではありません。表の色だけで換気、加湿、ミストを決めるのは危険です。
- VPDとg/m³の飽差表は同じですか?
- 同じではありません。VPDは水蒸気圧の差で、主にkPaやhPaで示されます。g/m³の飽差は、空気があと何gの水蒸気を含めるかを示す水蒸気量差です。どちらも空気の乾き具合を示しますが、単位と計算の意味が違います。
- 飽差が高いほど蒸散が進んで良いですか?
- 違います。高すぎる飽差は水ストレスを招き、気孔閉鎖、光合成低下、しおれにつながります。
- 飽差が低いほど作物にやさしいですか?
- 違います。低すぎる飽差は結露、病害、蒸散不足、養水分吸収低下につながります。
- ミスト装置を入れれば飽差管理はできますか?
- 装置だけでは不十分です。換気、循環、日射、CO₂、給液、病害リスクと連動させなければ、過湿や病害を増やす可能性があります。
- 飽差表があれば環境制御装置は不要ですか?
- 判断不能です。小規模・手動管理なら飽差表でも有用ですが、日射や温湿度が大きく変化する施設、CO₂施用、細霧冷房、複合環境制御を行う施設では、センサーと記録装置が必要になる場合があります。ただし、装置導入だけで管理が成功するわけではありません。






