水分ストレスとは
水分ストレス(すいぶんストレス)とは、植物への水分供給が蒸散などによる水分消費に追いつかず、植物体の水分状態が低下することで生じる生理的なストレスです。
英語ではWater Stressと表記されます。
水不足によるストレスであることを明確にする場合は、Water Deficit StressやDrought Stressという表現も使われます。
農業、とくに果樹栽培で「水分ストレスを与える」「水分ストレスが強い」という場合は、通常、植物体が水分不足の方向へ傾いた状態を指します。
土壌が乾いていること自体が水分ストレスではありません。
植物が実際にどの程度の水分不足状態にあるかが問題です。
水分ストレスが生じる仕組み
植物は根から水を吸収し、茎や葉へ運びます。
葉では気孔から水蒸気が放出される蒸散が起こっています。
根から吸収できる水分量より、植物体から失われる水分量が大きくなると、植物体内の水分状態が低下します。
例えば、土壌にある程度の水分が残っていても、晴天、高温、乾燥した空気、強風などによって蒸散要求が大きくなると、根からの吸水が追いつかず、日中に植物体の水分状態が低下することがあります。
反対に土壌が乾燥していても、作物の根が十分に水を吸収でき、蒸散量も小さければ、直ちに強い水分ストレスになるとは限りません。
水分ストレスと気孔・光合成
植物体の水分状態が低下すると、多くの植物では気孔を閉じる方向に反応します。
気孔を閉じることで蒸散による水分損失を抑えられますが、同時に葉内部へ取り込まれる二酸化炭素(CO2)も減少します。
このため、水分ストレスが強くなると光合成速度が低下することがあります。
さらに水分不足が進むと、細胞の膨圧低下による葉のしおれ、生長抑制、果実肥大の低下などが起こります。
強い水分ストレスが長く続けば、再び水を与えても生育や生理機能が十分に回復しない場合があります。
土壌水分と植物の水分ストレスは同じではない
ここは混同しやすい点です。
体積含水率やpF値などは、主に土壌や培地側の水分状態を評価する指標です。
水分ストレスは植物体側の状態です。
したがって、
「土壌水分を測定した=植物の水分ストレスを直接測定した」ことにはなりません。
同じ土壌水分でも、作物、根量、根の分布、土性、気象条件、生育段階などによって植物の水分状態は変わります。
根が病害などで傷んでいる場合や、根圏環境が悪化して吸水能力が低下している場合にも、土壌に水分が存在するのに植物体が水不足方向へ傾くことがあります。
水分ストレスと水ポテンシャル
植物体の水分状態を評価する代表的な指標の一つが水ポテンシャルです。
水ポテンシャルは、水が移動する方向や植物体内の水分状態を考えるために使われる指標で、通常はMPa(メガパスカル)などで表します。
葉、枝などの水ポテンシャルを測定することで、植物がどの程度の水分ストレスを受けているかを評価できる場合があります。
ただし、
「○MPa以下なら水分ストレス」という全作物共通の基準値はありません。
作物、品種、生育段階、測定部位、測定時刻、測定方法によって判断基準が異なります。
他の作物で使われている水ポテンシャル値を、そのまま灌水基準として使用しないでください。
水分ストレスと飽差
飽差(VPD)が大きくなる条件では、一般に葉から大気への水蒸気移動を促す力が大きくなります。
気孔が開いていれば蒸散量が増えやすく、根からの吸水が追いつかなくなると植物体の水分状態が低下します。
このため施設園芸では、土壌や培地の水分だけでなく、日射、気温、湿度、飽差、根の状態なども合わせて灌水・かん水を判断します。
飽差が高いこと自体を水分ストレスと呼ぶわけではありません。
飽差は大気側の条件、水分ストレスは植物体の状態です。
果樹栽培と水分ストレス
温州ミカンなどでは、降雨を遮断して根域を適度に乾燥させ、意図的に水分ストレスを与える栽培管理があります。
条件が適切であれば、果実のBrixなど品質指標に影響を与える場合があります。
ここから「水を切れば糖度が上がる」と単純化してはいけません。
水分ストレスは強ければ強いほどよいものではありません。
過度な乾燥では、果実肥大の抑制、小玉化、酸が高く残ること、葉の落下、樹勢低下などが起こる場合があります。
果実品質を調整する目的で水分ストレスを利用する場合でも、作物、生育段階、気象、土壌、樹体状態を確認しながら灌水を組み合わせます。
施設園芸での水分ストレス
施設栽培では降雨の影響を受けにくいため、灌水量や灌水時刻によって根域の水分状態を調整できます。
その反面、晴天時に日射量や飽差が急激に上昇すると、培地に水分があっても吸水が蒸散に追いつかず、一時的に植物体の水分状態が低下することがあります。
養液栽培では培地容量が小さいほど、根域水分が短時間で変化する場合があります。
灌水管理を固定時刻だけで判断すると、天候によって水分不足または過剰灌水になる可能性があります。
日射量、培地水分、排液量、植物の萎れや葉の状態など、栽培方式に適した複数の情報から判断します。
水分ストレスと過湿ストレスの違い
水分ストレスという言葉を「水が多すぎる場合まで含む水に関係するすべてのストレス」という意味で使うこともあります。
農業現場では混乱を避けるため、水不足によるものを水分ストレス・乾燥ストレス、過剰な水によって生じるものを過湿ストレスとして区別した方が明確です。
過湿土壌では土壌中の気相が減少し、根圏が低酸素状態になりやすくなります。
これは「根の周囲に水が多い」という状態ですが、根の呼吸や吸水機能が低下して植物の生育が阻害されることがあります。
「水不足」と「過湿」は原因が異なります。
灌水を増やせば解決する症状なのか、排水や根圏酸素の改善が必要なのかを区別しなければなりません。
水分ストレスの判断方法
水分ストレスを評価する方法には、植物体を直接測定する方法と、根域・気象条件から推定する方法があります。
植物体側では、葉や枝の水ポテンシャル、気孔コンダクタンス、蒸散速度、葉のしおれや角度変化などが利用されます。
どれか一つの数値だけで、すべての作物の水分ストレスを判断することはできません。
水分ストレスでよくある誤解
土が乾いていれば水分ストレスと判断する:
土壌水分と植物体の水分状態は別です。植物が実際に吸水できているか、蒸散との収支まで考える必要があります。
葉がしおれたらすぐに水不足と判断する:
根傷みや過湿による根圏低酸素、高温などでも葉がしおれる場合があります。原因を確認せず灌水すると、過湿を悪化させることがあります。
果樹は水分ストレスを強くするほど糖度が上がると考える:
過度な水分ストレスでは小玉化、酸高、樹勢低下などの問題が起こります。品質と収量の両方を見て管理します。
水ポテンシャルの基準値を他作物から流用する:
水ポテンシャルの適正範囲や灌水判断値は、作物、品種、生育段階、測定条件によって変わります。
飽差が高ければ水分ストレス状態だと判断する:
飽差は大気の乾燥程度に関係する指標です。植物が実際に水分ストレスを受けているかどうかは別に評価します。
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