他家受粉とは
他家受粉(たかじゅふん)とは、ある植物個体の花粉が、同じ種の別の個体の雌しべの柱頭に付着することです。英語では「cross-pollination」といいます。
これに対し、同じ個体で作られた花粉が、その個体自身の柱頭に付着することを自家受粉といいます。同じ花の中で起こる場合だけでなく、同じ株に咲く別の花へ花粉が移動する場合も自家受粉に含まれます。
他家受粉では異なる個体由来の遺伝子が組み合わされるため、植物集団の遺伝的な多様性を維持するうえで重要な役割を持ちます。
「他家受粉すれば収量や耐病性が必ず高くなる」という意味ではありません。
他家受粉は「別個体由来の花粉が柱頭につく」という受粉様式を表す言葉です。実際の結実、収量、品質、耐病性などは、作物、品種、花粉親との和合性、環境条件などによって異なります。
自家受粉と他家受粉の違い
| 項目 | 自家受粉 | 他家受粉 |
|---|---|---|
| 花粉の由来 | 同じ植物個体 | 別の植物個体 |
| 同じ花での受粉 | 含まれる | 含まれない |
| 同じ株の別の花との受粉 | 含まれる | 含まれない |
| 別個体との受粉 | 含まれない | 該当する |
| 英語 | self-pollination | cross-pollination |
植物によって、自家受粉を主体とするもの、他家受粉を主体とするもの、両方が起こるものがあります。
そのため、作物を「自家受粉植物」「他家受粉植物」と分類する場合でも、実際の受粉が100%どちらか一方だけになるとは限りません。
他家受粉と他殖は同じ意味か
他家受粉と「他殖」は密接に関係しますが、厳密には同じ段階を示す言葉ではありません。
- 他家受粉:別個体由来の花粉が柱頭に付着すること。
- 他家受精:別個体由来の花粉から生じた雄性配偶子と卵細胞が受精すること。
- 他殖:異なる個体間の交配によって子孫を作ること。
受粉は受精より前の段階です。花粉が柱頭に付着しただけでは、受精や種子形成が成立したとは限りません。
花粉は柱頭上で発芽し、花粉管を伸ばして胚珠へ到達する必要があります。また、自家不和合性や品種間の交配不和合などによって、花粉管の発芽・伸長や受精が成立しない場合があります。
風媒・虫媒と他家受粉は別の分類
風媒受粉、虫媒受粉、鳥媒受粉などは、花粉を運ぶ「媒介方法」を表します。他家受粉とは分類の基準が異なります。
| 分類 | 何を基準にするか | 主な用語 |
|---|---|---|
| 花粉の由来 | どの個体の花粉か | 自家受粉・他家受粉 |
| 花粉の運ばれ方 | 何が花粉を運ぶか | 風媒・虫媒・鳥媒など |
| 人為的操作 | 人が花粉を付けるか | 自然受粉・人工授粉 |
例えば、トウモロコシでは風によって別個体の花粉が運ばれれば「風媒による他家受粉」になります。
ミツバチが別株の花から花粉を運べば「虫媒による他家受粉」です。一方、同じ株に咲く別の花へ昆虫が花粉を運んだ場合は、虫媒ではあっても他家受粉ではなく、自家受粉になります。
人が別個体の花粉を採取して柱頭へ付けた場合は、人工授粉による他家受粉です。
他家受粉を促す植物の仕組み
植物には、自分自身の花粉による受精を避け、他個体との交配を促すさまざまな仕組みがあります。
自家不和合性
自家不和合性は、自分自身と同じ遺伝的型を持つ花粉を雌しべ側が識別し、花粉の発芽や花粉管の伸長などを妨げる仕組みです。
リンゴ、ナシ、サクラ属、アブラナ科作物など、多くの植物で知られています。
雌雄異熟
一つの花に雄しべと雌しべを持っていても、花粉が成熟する時期と柱頭が受粉可能になる時期をずらす植物があります。
雄しべが先に成熟する「雄性先熟」と、雌しべが先に成熟する「雌性先熟」があり、自家受粉を減らして他家受粉の機会を高める働きがあります。
雌雄異株
雄花をつける個体と雌花をつける個体が別になっている雌雄異株植物では、種子を作るためには原則として別個体から花粉を受け取る必要があります。
ただし、これらの仕組みがあるからといって、自然条件下で必ず十分な他家受粉が成立するとは限りません。花粉源、開花期、風、訪花昆虫などの条件も必要です。
別の株なら必ず他家受粉になるのか
見た目には別々の株であっても、挿し木、接ぎ木、株分けなどによって増殖した植物では、同じ遺伝子型を持つクローンの場合があります。
この点は、特に自家不和合性を持つ果樹で重要です。
例えばソメイヨシノは、各地に植えられている樹の多くが栄養繁殖された同一クローンです。そのため、隣に別のソメイヨシノの樹があって花粉が移動しても、自家不和合性の仕組みでは同じ遺伝的型の花粉として認識され、正常な受精が成立しにくくなります。
「別の木が隣にある=受粉樹として使える」とは限りません。
自家不和合性を持つ果樹では、別品種であることだけでなく、品種間の和合性、開花期、花粉量、花粉稔性などを確認する必要があります。
果樹栽培における他家受粉
リンゴ、ナシ、クリ、ウメなどでは、自家不和合性や品種ごとの交配特性によって、安定した結実のために他品種からの花粉が必要になる場合があります。
このような場合、花粉を供給する品種を「受粉樹(授粉樹)」として園内に配置します。
クリ
農研機構によると、クリは自家不和合性を示すため、安定した結実には他品種による受粉が必要です。
「ぽろたん」では、適切な受粉品種を隣接する列に植えることで、受粉樹から離れた場合より安定した結実を得やすくなることが確認されています。
ウメ・アンズ
農研機構育成のウメ品種「露茜」は自家不和合性で、「露茜」だけでは十分に結実しません。
開花期が合い、交配親和性のあるウメやアンズ品種を受粉樹として配置し、ミツバチによる花粉媒介や人工授粉を組み合わせる方法が利用されています。
ここで重要なのは、単に「異なる品種を植える」ことではありません。開花期が重なり、正常な花粉を供給でき、相互に和合性のある組み合わせを選ぶ必要があります。
施設園芸と他家受粉
施設園芸では、ハウスの被覆によって自然の訪花昆虫が入りにくくなるため、ミツバチやマルハナバチなどの花粉媒介昆虫を導入することがあります。
農林水産省では、ミツバチやマルハナバチなどをイチゴ、トマト、メロンなどの園芸作物における花粉交配の重要な手段として位置付けています。
ただし、花粉媒介昆虫を利用することと、必ず他家受粉を行わせることは同じではありません。
例えば自家和合性の作物では、ミツバチやマルハナバチの訪花や振動によって、同じ花や同じ株由来の花粉で受粉が成立することもあります。
「ミツバチを使う=他家受粉」という理解は誤りです。
他家受粉か自家受粉かは花粉の由来で決まり、昆虫を利用したかどうかでは決まりません。
他家受粉と遺伝的多様性
他家受粉では、異なる個体由来の遺伝情報が組み合わされるため、自殖を繰り返す場合に比べ、集団内の遺伝的な組み合わせを多様にする働きがあります。
このことは、植物集団が長期的に環境変化へ適応するうえで重要な意味を持ちます。また、他家受粉を促進する自家不和合性や雌雄異熟などの仕組みは、多くの植物で進化してきました。
一方で、他家受粉だからといって、個々の植物が必ず病害虫に強くなったり、収量や品質が向上したりするわけではありません。
農業では「遺伝的多様性を維持する効果」と、「特定品種の結実・収量を確保するための受粉管理」を分けて考える必要があります。
他家受粉の成立を左右する条件
他家受粉を必要とする作物では、別個体が存在するだけでは十分ではありません。
- 開花期:花粉を供給する株と受粉する株の開花期が重なっているか。
- 交配和合性:品種間・系統間で正常に受精できる組み合わせか。
- 花粉量・花粉稔性:十分な量の正常な花粉が形成されているか。
- 花粉の移動:風、昆虫、人工授粉などによって柱頭まで花粉が運ばれるか。
- 柱頭の受容性:花粉が到達した時点で柱頭が受粉可能な状態にあるか。
- 気象条件:開花期の低温、降雨、強風などが訪花活動や花粉放出を阻害していないか。
着果不良が発生した場合、「ミツバチが少ない」「風が弱かった」だけで原因を決めつけることはできません。花粉源、和合性、開花時期、花粉稔性、柱頭の状態などを順に確認する必要があります。
他家受粉について誤解されやすい点
- 「風媒・虫媒・鳥媒は他家受粉の種類」:誤りです。これらは花粉を運ぶ媒介方法の分類で、自家受粉・他家受粉とは別の分類軸です。
- 「昆虫が受粉すれば他家受粉」:誤りです。同じ株の花粉を運べば自家受粉になる場合があります。
- 「他家受粉すれば収量が増える」:一律にはいえません。自家不和合性作物では適切な他家受粉が結実に必要ですが、自家和合性作物まで含めて一般化することはできません。
- 「他家受粉すれば病害虫に強くなる」:誤りです。他家受粉によって遺伝子の組み合わせは変化しますが、耐病性を保証するものではありません。
- 「別品種なら必ず受粉できる」:誤りです。自家不和合性作物では、別品種同士でもS遺伝子型などの組み合わせによって不和合となる場合があります。
- 「別株なら必ず遺伝的に別個体」:誤りです。挿し木や接ぎ木などで増殖された植物では、見かけ上別株でも同一クローンの場合があります。
- 「柱頭に花粉が付けば受精した」:誤りです。受粉後に花粉発芽、花粉管伸長、受精などの段階が必要です。
関連する資材分類・農業用語
参考資料
- 農林水産省「ワタの種子を輸入される方々へ(繁殖の方法)」
- 日本植物生理学会「サクラ属の交雑の割合について」
- 日本植物生理学会「自家受粉を防ぎ他家受粉をする仕組み」
- 農研機構「果樹・果菜類の受粉を助ける花粉媒介昆虫の調査マニュアル」
- 農研機構「クリ『ぽろたん』の安定生産に効果的な受粉樹の植栽方法」
- 農研機構「ウメ『露茜』栽培方法・授粉対策」
- 農林水産省「花粉交配用昆虫について」
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