パッドアンドファンとは
パッドアンドファン(Pad and Fan)とは、水で濡らした冷却パッドに空気を通し、水が蒸発するときに周囲から熱を奪う気化冷却を利用して、温室・ハウス内へ冷却された空気を供給する施設園芸用の冷房方式です。
一般的な方式では、温室の一方に水で濡らした冷却パッドを設置し、反対側に排気ファンを設置します。
排気ファンによって温室内の空気を外へ排出すると施設内が負圧になり、外気が冷却パッドを通って温室内へ流入します。外気が濡れたパッドを通過する際に水が蒸発し、その気化熱によって空気温度が低下します。
水そのものの冷たさで空気を冷却しているわけではありません。
水の蒸発を利用するため、冷却された空気は温度が低下する一方で水蒸気量が増え、相対湿度が高くなります。

パッドアンドファンの基本構成
一般的なパッドアンドファンは、主に次の設備で構成されます。
- 冷却パッド:セルロースなどで作られた通気性のあるパッド
- 給水設備:パッド全体を均一に濡らすための配管・ポンプなど
- 貯水槽・排水設備:水を循環利用する方式では循環水を保持する
- 換気ファン:温室内の空気を排出し、パッドを通して外気を導入する
- 制御装置:温度などに応じてファンや給水を運転する
パッドが部分的に乾燥していると、空気が十分に冷却されないまま通過します。
反対に、給水量を増やせば無制限に冷却能力が高くなるわけではありません。パッド全面を適切に濡らしながら、必要な空気量を通すことが基本です。
なぜ空気が冷えるのか
液体の水が水蒸気へ変化するにはエネルギーが必要です。
パッドを通る空気中へ水が蒸発すると、そのために必要な熱が空気などから奪われます。これが気化熱による冷却です。
この過程では、空気の温度が下がる一方、水蒸気量が増加します。
そのためパッドアンドファンは、ヒートポンプやエアコンのように空気から水分を取り除きながら冷却する方式とは性質が異なります。
パッドアンドファンは「冷却」と同時に「加湿」が起こる冷房方式です。
冷却能力は湿球温度で決まる
パッドアンドファンの性能を理解するうえで重要なのが湿球温度です。
蒸発冷却では、理論上、空気を外気の湿球温度付近まで下げることができます。
例えば、外気の乾球温度と湿球温度の差が大きい、つまり空気が乾燥しているほど、水が蒸発できる余地が大きくなり、冷却できる温度差も大きくなります。
反対に、外気の湿度が高く乾球温度と湿球温度の差が小さい場合は、水が蒸発できる余地が少ないため、冷却効果も小さくなります。
「外気温が35℃なら何℃まで下がる」というように、外気温だけから冷却能力を判断することはできません。
同じ35℃でも、外気湿度が異なれば冷却可能な温度は大きく変わります。
パッドの冷却効率
パッドの蒸発冷却性能は、一般に冷却効率・蒸発効率などで表されます。
概念的には次のように表すことができます。
冷却効率 =(パッド通過前の乾球温度 − パッド通過後の乾球温度)÷(パッド通過前の乾球温度 − 湿球温度)×100
冷却効率が100%なら、理論上はパッド通過後の空気が湿球温度まで低下したことになります。
実際の装置では、空気と水の接触時間、パッドの材質・厚さ、通過風速、濡れ方などの影響を受けるため、通常は100%にはなりません。
農研機構の簡易設置型パッドアンドファンに関する試験でも、パッド通過風速によって冷却効率が変化することが示されています。
風量を増やせば冷却効果が高くなるとは限らない
ファンの風量を大きくすれば、単純に冷たい空気ができるわけではありません。
パッドを通過する空気の速度が速すぎると、水と空気が接触する時間が短くなり、空気1kg当たりの蒸発量や冷却効率が低下する場合があります。
一方、通過風量そのものが増えれば、施設へ送り込める冷却空気量は増えます。
したがって、「冷却効率」と「システム全体の冷房能力」は同じ意味ではありません。
パッド面積、通過風速、ファン風量、施設容積などを組み合わせて設計する必要があります。
温室内ではパッド側からファン側へ温度が上がる
一般的なパッドアンドファン方式では、冷却された空気がパッド側から温室内へ入り、作物群落を通過して反対側の排気ファンへ向かいます。
空気は温室内を移動する間に、日射によって加熱された床面、構造物、植物群落などから熱を受けます。
このため、パッド直後の空気温度と、排気ファン付近の気温が同じになるとは限りません。
温室が長い場合、作物群落が密な場合、換気量が不足する場合などには、パッド側からファン側へ温度勾配が大きくなることがあります。
パッドアンドファンを導入するときは、施設平均気温だけでなく、施設内の温度分布や気流分布を確認する必要があります。
施設の気密性も重要
一般的な負圧式パッドアンドファンでは、排気ファンで施設内を負圧にし、外気を冷却パッドから取り入れます。
そのため、側窓、天窓、被覆材の隙間などから大量の外気が流入すると、パッドを通過しない高温の外気が施設内へ入り込みます。
結果として冷却性能が低下します。
大きなファンを設置するだけでは性能は確保できません。
ファン風量、パッド面積、施設の気密性、空気の流路を一体として設計する必要があります。
簡易設置型パッドアンドファン
日本では、一般的な大規模パッドアンドファンとは異なり、中小規模ハウスや既存ハウスへ導入しやすい簡易設置型パッドアンドファンも研究・開発されています。
農研機構などが研究した簡易設置型では、冷却パッド、給水設備、ファンを小型ユニット化し、冷却した空気を栽培空間へ局所的に供給します。
また、冷却空気をダクトで栽培空間へ送るダクト配風方式や、ファンによって冷却空気を押し込む正圧方式もあります。
これらは、温室の一方に大型パッド、反対側に大型排気ファンを設置する従来型と、設備構成や空気の流れ方が異なります。
「パッドアンドファン」という名称だけから、すべて同じ設備構成だと判断しないでください。
パッドアンドファンと細霧冷房の違い
パッドアンドファンと細霧冷房は、どちらも水の気化熱を利用する蒸発冷却です。
冷却原理は共通しますが、水を蒸発させる場所が異なります。
パッドアンドファン
水で濡らしたパッドに空気を通し、パッド上で水を蒸発させます。
基本的には、水滴を作物へ直接噴霧する必要がありません。
細霧冷房
細かな水滴を温室内などへ噴霧し、水滴が空気中で蒸発するときの気化熱を利用します。
水滴が十分に蒸発しない条件では、葉や床などが濡れる可能性があります。
どちらが優れているかは一律には決められません。施設規模、換気方式、外気湿度、水質、作物、導入費、既存設備などによって適性が異なります。
パッドアンドファンと循環扇の違い
循環扇は、施設内の空気を動かして気温・湿度・CO2などのむらを小さくしたり、植物周辺の気流を確保したりする設備です。
循環扇そのものには、水の蒸発によって空気温度を外気温以下へ下げる機能はありません。
パッドアンドファンは水の蒸発を利用して空気そのものを冷却します。
両者は目的が異なり、必要に応じて組み合わせて利用します。
パッドアンドファンと飽差(VPD)
パッドアンドファンを運転すると、空気温度が下がると同時に水蒸気量が増加します。
その結果、一般に飽差(VPD)は小さくなる方向へ変化します。
高温・乾燥条件で飽差が過度に大きくなっている場合には、冷却と加湿によって植物の過剰な水分損失を抑えられる場合があります。
ただし、飽差は小さければ小さいほどよいわけではありません。
高湿度状態が長時間続けば蒸散が抑えられたり、結露や病害発生のリスクが高まったりすることがあります。
温度だけでなく、相対湿度や飽差も確認して運転します。
遮光との組み合わせ
パッドアンドファンは空気を冷却しますが、温室へ入る日射エネルギーそのものを除去する設備ではありません。
強い日射条件では、屋根、床面、栽培ベッド、植物体などが加熱され、施設内へ大きな熱負荷が加わります。
適切な遮光・遮熱と組み合わせることで冷房負荷を小さくできる場合があります。
ただし、過度な遮光は植物の光合成に利用できる光を減らし、生育や収量を低下させる可能性があります。
「冷房能力が足りないから遮光率を上げる」という判断だけで決めないでください。
作物の必要光量、時期、日射量と温度条件を合わせて判断します。
水とパッドの管理
パッドアンドファンの性能を維持するには、パッド全面が均一に濡れることが必要です。
給水量の不足、給水孔の詰まり、パッドの汚れ、偏った給水などがあると、乾いた部分を高温の空気が通過して冷却効率が低下します。
水質によっては、パッドや給水配管へ無機成分が付着したり、循環水で藻や汚れが発生したりする場合があります。
パッド表面、給水配管、ポンプ、貯水槽などを定期的に確認し、装置メーカーが指定する清掃・水管理を行います。
パッドアンドファンの利点
- 水の気化熱を利用して空気温度を下げられる
- 条件によっては外気の乾球温度より低い空気を導入できる
- 冷却と同時に日中の過乾燥を緩和できる
- 一般的な方式では作物へ直接水を噴霧する必要がない
- 太陽光利用型植物工場などの強制換気型施設と組み合わせやすい
パッドアンドファンの課題
高湿度条件では冷却能力が低下する
外気の相対湿度が高く、乾球温度と湿球温度の差が小さい条件では冷却可能な温度差も小さくなります。
施設内に温度むらが生じることがある
一般的な方式では、パッドから排気ファンへ向かって空気が移動する間に温度が上昇するため、施設が長い場合などには温度勾配が生じます。
ファン運転用の電力が必要
強制換気を行うため、換気ファンの消費電力が必要です。
設備規模によっては大きな換気量が必要となります。
水を使用する
冷却には水の蒸発が不可欠です。
水源、水質、必要水量、排水・循環水管理なども導入前に確認します。
既存ハウスへ簡単に追加できるとは限らない
従来型の大型パッドアンドファンでは、パッドと大型換気ファンの設置、施設の気密性、電源、給排水などを確保する必要があります。
既存のパイプハウスでは、施設構造によって大規模な改修が必要になる場合があります。
パッドアンドファンでよくある誤解
「冷たい水を流せばさらによく冷える」と考える
パッドアンドファンの主な冷却原理は、水温そのものではなく水の蒸発による気化熱です。
冷水を流す装置として理解するのは適切ではありません。
「湿度の高い日本では使えない」と考える
一律には判断できません。
冷却能力は、その時点の乾球温度と湿球温度の差によって変わります。
高湿度時には効果が小さくなりますが、夏の日中など外気温上昇とともに相対湿度が低下する時間帯では、蒸発冷却を利用できる場合があります。
地域名や季節だけで適否を決めず、実際の外気温・湿度データから湿球温度を確認します。
「ファンを強くすれば強く冷える」と考える
単純ではありません。
パッド通過風速が大きくなりすぎると、空気1kg当たりの蒸発量や冷却効率が低下する場合があります。
必要なのはファン能力を最大化することではなく、パッド面積と通過風速、必要換気量を適切に組み合わせることです。
「パッド直後の温度がハウス全体の温度」と考える
パッド直後で得られた低温空気は、施設内を移動する間に日射や構造物などから熱を受けます。
パッド付近の温度だけで施設全体の冷房効果を評価してはいけません。
「作物が濡れないので病害には関係しない」と考える
一般的なパッドアンドファンは作物へ水滴を直接噴霧しませんが、運転によって施設内湿度は上昇します。
過度の高湿度や結露が続けば病害発生条件に影響する可能性があります。
「パッドアンドファンだけで真夏の高温を完全に解決できる」と考える
できません。
蒸発冷却には湿球温度という物理的な限界があります。
日射負荷が大きすぎる場合や外気湿度が高い場合には、パッドアンドファンだけでは目標温度まで下げられないことがあります。
遮光・遮熱、換気、循環、栽培時期の変更などを含めて高温対策を設計します。
導入前に確認したい条件
- 夏季の日中の外気乾球温度・相対湿度・湿球温度
- 施設の床面積、長さ、容積
- 必要換気量と既存換気ファンの能力
- 施設の気密性と開口部
- 作物の草丈、栽植密度、群落の通気抵抗
- 必要な温度・湿度条件
- 水源、水質、必要水量
- 電源容量
- 遮光・遮熱設備との組み合わせ
- 導入費・電力費・水道費・パッド交換などの維持費
これらを確認せず、「○℃下がる」というカタログ値だけで設備を選定すると、期待した冷却能力が得られない可能性があります。
関連する資材分類・農業用語
パッドアンドファンの参考動画
パッドアンドファンは、冷却パッド、給水設備、ファンによって空気を冷却するため、文章だけでは装置の構造や空気の流れを把握しにくい設備です。
兵庫県立農林水産技術総合センターが公開している次の動画では、簡易設置型パッドアンドファンの構造と利用方法を確認できます。
自分で作る超簡易設置型パッドアンドファン
兵庫県立農林水産技術総合センター
自分で作る超簡易設置型パッドアンドファン(YouTube)を見る
動画について:
この動画は、簡易設置型パッドアンドファンの構造や利用方法を理解するための参考資料として紹介しています。農材ドットコムが制作・管理している動画ではありません。動画の内容、公開状況、URLなどは公開元の都合により変更または削除される場合があります。また、動画で紹介されている簡易設置型と、温室の一方に大型冷却パッド、反対側に排気ファンを設置する一般的なパッドアンドファンでは、設備構成や空気の流れ方が異なります。実際の導入時は施設規模、作物、外気条件、必要冷房能力に応じて方式を選定してください。
参考資料
- 農研機構「小規模施設園芸における簡易設置型パッドアンドファンシステムの利用法」
- 農研機構「小規模施設園芸における簡易設置型パッドアンドファンシステムの利用法マニュアル増補版」
- 農研機構「簡易設置型パッドアンドファンによるハウス内暑熱環境改善」
- 日本風工学会誌「風と気流を利用する温室 パッドアンドファン冷房方式」
- 農研機構研究報告「先端プロで開発実証したトルコギキョウの新たな生産技術」
- 兵庫県立農林水産技術総合センター「センターの動画」
設備選定について:
パッドアンドファンの冷却能力は、外気温だけでなく湿球温度、外気湿度、パッドの性能、通過風速、換気量、施設の気密性、日射負荷、施設長、作物群落などによって変化します。カタログに記載された「温度低下○℃」だけを基準に選定せず、導入する施設と地域の気象条件で必要能力を確認してください。
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