自家不和合性とは
自家不和合性(じかふわごうせい)とは、花粉と雌しべが正常な機能を持っていても、植物が自己由来の花粉を遺伝的に識別して拒絶し、自家受精を成立しにくくする性質です。英語では「self-incompatibility(SI)」といいます。
自家不和合性を持つ植物では、自分自身の花粉が柱頭に付着しても、花粉の吸水・発芽や花粉管の伸長などが阻害され、受精に至らない場合があります。
一方、遺伝的に和合する別個体の花粉では受粉・受精が進み、種子や果実を形成できます。このため、自家不和合性は他家受粉・他殖を促進する仕組みの一つです。
自家不和合性は、「自分の花粉が作れない」「花粉に稔性がない」という現象ではありません。
花粉と雌しべ自体は正常でも、自己と認識された花粉を雌しべ側が拒絶することが特徴です。また、自家不和合性の強さは植物種、品種、系統、花齢、温度などによって変化する場合があります。
自家受粉と自家不和合性は別の現象
自家受粉とは、同じ植物個体で作られた花粉が、その個体自身の柱頭に付着することです。
自家不和合性は、その自家受粉が起きた後に、自己花粉を識別して受精を阻害する仕組みです。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 自家受粉 | 同一個体由来の花粉が、その個体の柱頭に付着すること。 |
| 自家受精 | 同一個体由来の雄性配偶子と雌性配偶子が受精すること。 |
| 自家不和合性 | 自己由来の花粉を識別し、自家受精を阻害する遺伝的な仕組み。 |
したがって、「自家受粉が起きないこと」を自家不和合性と呼ぶわけではありません。柱頭に自己花粉が付着しても、その後の花粉発芽や花粉管伸長などが阻害される場合があります。
自家不和合性を制御するS遺伝子
多くの自家不和合性植物では、「S遺伝子座」と呼ばれる遺伝領域が自己と非自己の識別に関係しています。
S遺伝子座には多数の異なる型(Sハプロタイプ)があり、花粉側と雌しべ側のS型の組み合わせによって、花粉を受け入れるか拒絶するかが決まります。
例えばアブラナ科植物では、花粉側のSP11(SCR)と雌しべ側のSRKという分子が自他識別に関係します。同じS型のSP11とSRKが組み合わさると自己花粉として認識され、花粉拒絶反応が起こります。
東京大学などの研究では、このSRKとSP11が同じS型の相手を特異的に認識する仕組みが、タンパク質の立体構造レベルでも解析されています。
自家不和合性の主な種類
自家不和合性は、花の形態との関係から大きく「同形花型」と「異型花型」に分けることができます。
同形花型自家不和合性
花の外見や花柱の長さなどに明確な違いがなくても、S遺伝子型によって自己・非自己を識別するタイプです。
同形花型は、さらに配偶体型自家不和合性(GSI)と胞子体型自家不和合性(SSI)に分けられます。
| 種類 | 基本的な仕組み | 代表的な植物 |
|---|---|---|
| 配偶体型自家不和合性 GSI |
花粉自身が持つS遺伝子型によって、花粉の和合・不和合が決まる。 | ナシ、リンゴ、ウメなどのバラ科、ペチュニアなどのナス科 |
| 胞子体型自家不和合性 SSI |
花粉を作った親植物のS遺伝子型の影響によって、花粉の和合・不和合が決まる。 | ハクサイ、ダイコン、キャベツなどのアブラナ科 |
配偶体型と胞子体型では、S遺伝子の働き方だけでなく、不和合反応が起こる場所にも違いがあります。
アブラナ科などの胞子体型では、自己花粉は主に柱頭表面で吸水・発芽や初期の花粉管伸長が阻害されます。一方、ナス科やバラ科などの配偶体型では、花粉が発芽しても花柱内部で花粉管の伸長が停止する場合があります。
異型花型自家不和合性
異型花型自家不和合性では、花柱や雄しべの長さなど、異なる花型と不和合性が関連しています。
例えば普通ソバでは、雌しべが長く雄しべが短い「長花柱花」と、雌しべが短く雄しべが長い「短花柱花」があり、原則として異なる花型同士の受粉で受精します。
サクラソウなどにも同様の異型花柱性が知られています。
配偶体型と胞子体型を混同しない
配偶体型と胞子体型の違いは、単に「どの植物にあるか」という分類ではなく、花粉側の不和合性がどの遺伝子型によって決まるかという違いです。
配偶体型では、個々の花粉が持つS型が重要です。
胞子体型では、その花粉を作った親個体のS遺伝子型が花粉の不和合性表現型に影響します。また、S型間に顕性・潜性関係が存在する場合があり、実際の和合性判定は単純なS型の一致・不一致だけでは説明できない場合があります。
「S遺伝子が一つでも同じなら必ず交配できない」とすべての自家不和合性植物に一般化することはできません。
配偶体型か胞子体型か、Sハプロタイプの組み合わせや顕性関係などによって結果が異なります。実際の受粉樹選定では、その作物・品種について確認された交雑和合性を利用する必要があります。
自家不和合性を持つ主な農作物
ニホンナシ
ニホンナシは代表的な配偶体型自家不和合性植物です。
同じ品種の花粉では安定した受精・結実が期待できないため、栽培では交雑和合性のある受粉樹や人工授粉用花粉が必要になります。
また、別品種であってもS遺伝子型が同じ組み合わせでは不和合となる場合があります。農研機構では、ニホンナシ品種のS遺伝子型をDNA解析によって判定し、受粉樹選定に利用する研究が行われています。
リンゴ
リンゴも配偶体型の自家不和合性を示す代表的な果樹です。
安定した結実には、開花期が重なり、花粉稔性があり、交雑和合性のある別品種を受粉樹として配置する必要があります。
「別品種なら何でもよい」というわけではなく、S遺伝子型や開花期、花粉量などを考慮して組み合わせを選びます。
ウメ
ウメにも配偶体型自家不和合性を示す品種があります。
農研機構では、「南高」「白加賀」「鴬宿」などについてS遺伝子型が解析されており、同じ自家不和合性遺伝子型を持つ個体間では低い結実率を示すことが確認されています。
アブラナ科野菜
ハクサイ、カブ、ダイコン、キャベツなど多くのアブラナ科作物では、胞子体型自家不和合性が知られています。
この性質は自然界で他殖を促すだけでなく、野菜のF1品種の種子生産にも利用されてきました。
自家不和合性とF1種子生産
アブラナ科野菜では、自分自身の花粉による受精を防ぐ自家不和合性を利用すると、別の親系統からの花粉によって交配したF1種子を生産しやすくなります。
例えば、母親系統Aと父親系統Bを交互に植え、母親系統Aが自己花粉を拒絶すれば、Aから採種した種子にはA×BのF1種子が多く形成されます。
しかし、自家不和合性は常に完全に働くとは限りません。
農研機構では、アブラナ科植物の自家不和合性は、植物体の老化などの内的要因や、高温などの環境条件によって不安定になる場合があり、自殖種子が混入するとF1種子純度が低下することを指摘しています。
実際にダイコン育種では、自家不和合性を利用したF1採種で自殖種子の混入が問題となり、より確実な交雑種子生産のために雄性不稔を利用した採種方式が使われる場合があります。
「自家不和合性を利用すれば100%F1種子になる」と考えるのは誤りです。
自家不和合性の強さ、温度、花齢、親系統の性質などによって自殖種子が混入する可能性があるため、採種技術では種子純度の確認が必要です。
果樹栽培では受粉樹の選定が重要
自家不和合性を持つ果樹では、主品種だけを植えても十分に結実しない場合があります。
受粉樹を選ぶ際は、少なくとも次の条件を確認します。
- 交雑和合性:主品種と正常に受精できる組み合わせか。
- 開花期:主品種と開花期が十分に重なるか。
- 花粉量:十分な花粉を形成するか。
- 花粉稔性:正常に発芽・受精できる花粉を持つか。
- 配置:花粉媒介昆虫や風によって花粉が十分移動できる位置にあるか。
農林水産省の果樹栽培指針でも、自家不和合性・交雑不和合性を持つ果樹では、和合性が高く、開花期が一致し、十分な完全花粉を持つ受粉樹を確保することが結実安定の条件とされています。
「違う品種を隣に植えれば受粉樹になる」とは限りません。
品種名が異なっていても、S遺伝子型などの組み合わせによって交雑不和合になる場合があります。受粉樹は、その作物について確認された交雑和合性表や試験結果を基に選定してください。
別の株なら自家不和合性を回避できるのか
必ずしも回避できません。
挿し木、接ぎ木、株分けなどによって増殖された同一品種では、見かけ上は別々の株や樹でも遺伝的には同じクローンの場合があります。
また、自家不和合性では自己個体そのものだけでなく、同じS型を持つ別個体の花粉も拒絶する場合があります。
そのため、特に果樹では「別の木がある」というだけでは受粉対策にならず、遺伝的・品種的な和合性を確認する必要があります。
自家不和合性と雄性不稔の違い
雄性不稔と自家不和合性は、F1種子生産などで利用されますが、仕組みは全く異なります。
| 項目 | 自家不和合性 | 雄性不稔 |
|---|---|---|
| 花粉 | 正常な花粉を形成する場合がある | 正常な花粉を形成できない、または花粉機能を失う |
| 自殖を防ぐ理由 | 雌しべが自己花粉を識別して拒絶する | 自家受精に利用できる正常な花粉がない |
| F1採種への利用 | アブラナ科などで利用される | 多くの作物のF1採種で利用される |
「自家不和合性=花粉ができない」と考えるのは誤りです。
自家不和合性と自殖弱勢の違い
自殖弱勢も自殖と関係しますが、自家不和合性とは別の現象です。
- 自家不和合性:自己花粉による受精そのものを妨げる仕組み。
- 自殖弱勢:自殖によって成立した子孫で、生育、収量、稔性などが低下する現象。
自家不和合性は、自殖が成立する前の段階で働きます。自殖弱勢は、自殖による子孫が成立した後に現れる現象です。
自家不和合性について誤解されやすい点
- 「自家不和合性の植物は花粉を作れない」:誤りです。花粉自体は正常でも、自己花粉が雌しべによって拒絶されます。
- 「自家受粉できない植物はすべて自家不和合性」:誤りです。雌雄異熟、雌雄異株、雄性不稔など、別の理由で自家受粉・自家受精しにくい植物もあります。
- 「別品種なら必ず受精できる」:誤りです。S遺伝子型などの組み合わせによって、異なる品種同士でも不和合になる場合があります。
- 「別の株なら必ず和合する」:誤りです。同一クローンや同じS型を持つ別個体では、不和合となる場合があります。
- 「自家不和合性は常に100%働く」:誤りです。植物種、系統、花齢、高温などによって不和合性が弱まる場合があります。
- 「ガンマ自家不和合性とシンプル自家不和合性に分類される」:誤りです。一般的には、同形花型の配偶体型・胞子体型や、異型花型などに分類します。
- 「自家不和合性と雄性不稔は同じ」:誤りです。前者は自己花粉の認識・拒絶、後者は正常な雄性機能の欠如です。
- 「自家不和合性と自殖弱勢は同じ」:誤りです。自家不和合性は受精前、自殖弱勢は成立した自殖後代に現れる現象です。
関連する資材分類・農業用語
自家不和合性の参考動画
自家不和合性は、自己花粉と非自己花粉を植物が識別し、自己花粉による受精を防ぐ仕組みです。文章だけでは「植物がどのように自分と他者を区別しているのか」をイメージしにくいため、次の動画が参考になります。
サイエンティスト・トーク「植物との付き合い方-自家不和合性のしくみから見える遺伝的多様性の大切さ-」
日本科学未来館(MiraikanChannel)/高山誠司氏
「植物との付き合い方-自家不和合性のしくみから見える遺伝的多様性の大切さ-」(YouTube)を見る
動画について:
この動画は、植物が自己花粉を識別する自家不和合性の仕組みと、遺伝的多様性との関係を理解するための参考資料として紹介しています。
農材ドットコムが制作・管理している動画ではありません。動画の内容、公開状況、URLなどは、公開元の都合により変更または削除される場合があります。
参考資料
- 東京大学「菜の花の自己と非自己を識別するしくみを解明」
- 日本植物生理学会「ダイコン属の自家不和合性について」
- 農研機構「自家和合性普通ソバ品種開発1 自殖性普通ソバ品種育成のための異形花型自家不和合性」
- 農研機構「ニホンナシ由来の新規自家不和合性遺伝子 S9 の発見と検出法」
- 農研機構「ウメの自家不和合性遺伝子型の判定」
- 農研機構「Brassica rapaの高レベル自家不和合性を制御する遺伝子座」
- 農研機構「フレッシュ感のあるたくあん漬けを製造できるダイコン『令白』」
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