菌叢(きんそう)とは、【微生物生態・植物病理・土壌微生物学にまたがる広義カテゴリー】であり、ある環境(根域(こんいき)、葉面(ようめん)、培地(ばいち)、貯蔵(ちょぞう)環境など)に存在する微生物群集(とくに糸状菌(しじょうきん)を中心とした菌のまとまり)と、その群集が形成する状態を指します。菌叢(きんそう)は群集概念であり、単一の病害名・単一の原因菌・特定資材を示す語ではありません。
現場では、養分循環(ようぶんじゅんかん)、根の健全性(けんぜんせい)、腐敗(ふはい)進行、病害発生リスクの上下に影響します。ただし条件により変動し、見た目だけでは単独では判断不能です(病名断定・防除断定に直結させない)。
同意語:微生物叢(びせいぶつそう)、菌群(きんぐん)、(文脈により)菌相(きんそう)。英語:microbiome / mycobiome / fungal community。略称:MB(microbiome。文書内で定義した場合のみ)。
菌叢(きんそう)の概要
菌叢は「そこにいる菌(主に糸状菌、場合により酵母(こうぼ)・細菌(さいきん)も含む)が、温度・水分・酸素・pH・塩類(えんるい)・有機物量(ゆうきぶつりょう)・農薬履歴(のうやくりれき)などの環境条件のもとで共存している群集(まとまり)」を扱う概念です。
環境依存性が高く、同一圃場(ほじょう)でも時期・部位・管理(灌水(かんすい)方式、換気(かんき)、培地温(ばいちおん))で構成が変わります。したがって、菌叢に関する議論は「どの手法で、どの部位を、いつ採ったか」で結果が変わり、再現性は測定条件に制約されます。
見た目(白い菌糸状(きんしじょう)、ぬめり、斑点(はんてん))だけで菌叢の良否を断定したり、病害や防除方針へ直結させるのは危険です。
菌叢(きんそう)の詳細説明
1) 関係作物(分類+例)
菌叢はほぼ全作物で成立します。例として、野菜(ナス科:トマト、ピーマン/ウリ科:キュウリ、メロン/アブラナ科:キャベツ、ハクサイ)、果樹(ブドウ、カンキツ)、花き(キク、バラ)、穀類(イネ、トウモロコシ)などの根域・葉面・果実表面・貯蔵環境で成立します。施設栽培では、温湿度管理(おんしつどかんり)、循環扇(じゅんかんせん)、培地種類(固形培地・液肥(えきひ)供給方式など)、排水性(はいすいせい)の差で、場所ごとの菌叢の性格が分かれやすい点が重要です。
2) 評価方法(「見える化」の手順と限界)
菌叢は広い概念なので、評価法を決めずに「増えた/減った」「良い/悪い」を言うと破綻します。代表的な系統は次の通りです。
- 形態観察:ルーペ・実体顕微鏡・光学顕微鏡で菌糸(きんし)・胞子(ほうし)などを観察。
限界:種の断定は困難で、観察できるのは一部。 - 培養:培地上でコロニー(集落(しゅうらく))を形成させ分離同定(ぶんりどうてい)へ。
限界:培養できない菌は見落ちし、構成比は偏りやすい。 - DNA解析:アンプリコン解析などで構成を推定。
限界:前処理・参照DB・解析条件で結果が変わり、「検出=病原性」ではない。 - 機能評価:分解酵素活性、拮抗(きっこう)試験、病原性試験など。
限界:労力が大きく、現場ルーチン化は難しい。
ここでの事故ポイントは、どの手法も菌叢の「一部」しか見ていないのに、単発結果で「善玉・悪玉」や「防除の要否」を決めてしまうことです。菌叢は状態の指標候補であって、単独で結論を出すための判定器ではありません。
3) 誤診・誤防除につながる典型例(なぜ間違いか/何が誤解されやすいか/正しい判断)
- 白い菌糸状=病原菌の繁殖、と即断して広域殺菌
なぜ間違い:白色の表面増殖は腐生菌(ふせいきん)・拮抗菌・分解菌でも起きます。
誤解されやすい点:視覚情報が強すぎて「見えた=敵」と短絡しやすい。
正しい判断:症状(萎凋(いちょう)、根の褐変(かっぺん)、腐敗部位)と環境(酸欠、過湿、高温)を同時に確認し、必要なら顕微鏡観察や分離培養で裏取りしてから防除を決めます。 - ぬめり・異臭(いしゅう)=菌叢が悪い、として資材投入を連打
なぜ間違い:原因が溶存酸素不足(ようぞんさんそぶそく)、停滞水(ていたいすい)、排水不良、培地温上昇など物理要因でも起こります。
誤解されやすい点:「菌叢」という言葉が便利すぎて、原因切り分けを止めやすい。
正しい判断:まず水分・酸素・温度の是正(排水、潅水量、通気、培地温)を優先し、菌叢対策は補助的に扱います。 - 菌叢が増えた=根腐れ(ねぐされ)確定、という短絡
なぜ間違い:根腐れは症状名で、病原・環境ストレス・肥料障害(ひりょうしょうがい)・薬害(やくがい)など複合で起こり得ます。
誤解されやすい点:「菌がいる」事実を「病原性」へ飛躍しやすい。
正しい判断:根の切片観察、発生分布(株間差)、EC/pH、潅水履歴、薬剤履歴を揃えて原因を分解して判断します。
4) 菌叢を左右する環境要因(施設で外しやすい順)
- 水分と酸素:過湿・停滞水・高温水は根域の酸欠を招き、菌叢が急変しやすい。
- 温度:培地温が高いほど分解が進み、優占種が入れ替わりやすい(夏季午後など)。
- 塩類・pH:EC上昇やpH偏りは根の分泌物(ぶんぴぶつ)と微生物構成を変え、見た目より先に根が弱ります。
- 有機物・残渣(ざんさ):未分解有機物が多いと分解菌が目立ち、白色菌糸が増えたように見えることがある。
- 農薬・消毒履歴:狙った対象以外も影響し、回復過程で菌叢が揺れる(再侵入の偏りが出やすい)。
5) 視覚のみで断定不可(ここが誤防除の発火点)
菌叢は「見えるカビ=悪」ではありません。見えているのは群集の一部で、しかも「表面に出やすいもの」に偏ります。写真1枚・目視だけで病名や防除を決めるのは不可です。最低限、どこで(部位)・いつ(時期)・どの管理条件で(温湿度、灌水、肥培(ひばい)、農薬履歴)・どんな症状が同時に出ているかを揃え、必要なら顕微鏡観察や培養等で裏取りしてから判断します。
菌叢(きんそう)の役割
- 養分循環(ようぶんじゅんかん)の駆動
有機物を分解し、窒素(ちっそ)・リン・微量要素の可給化(かきゅうか)に関与します。ただし酸欠や過湿条件では、分解が偏り根傷みを助長する方向にも働き得ます。 - 病害リスクの増減に関与
拮抗菌が多い構成では発病が抑えられる場合がありますが、病原性を持つ菌が優占すればリスクは上がります。菌叢だけで発病を予言・断定することはできません。 - 根圏(こんけん)環境の形成
根の分泌物と相互作用し、根毛(こんもう)形成や根の老化速度に影響します。高EC・高温・過湿などのストレスで関係は崩れやすいです。 - 品質・日持ちへの間接影響
収穫前の葉面・果実表面、貯蔵環境の菌叢は腐敗進行に関係し得ますが、温度管理・衛生管理の寄与が大きく、菌叢“だけ”で説明はできません。
菌叢(きんそう)に関する課題と注意点
課題1:
「菌叢」という言葉が便利すぎて、原因究明を止める口実になりがちです(“菌叢が悪いから”で思考停止)。
注意点:症状(萎れ、根傷み、斑点、腐敗)の一次原因が病原・環境・肥料・薬害のどれかを切り分けずに、殺菌や投入を先行すると損失が拡大します。
課題2:
測定法によって「見えている菌叢」が違うのに、数値だけを並べて比較してしまう問題があります(培養 vs DNA解析など)。
注意点:採取部位・採取時刻・前処理・解析法・比較対象を揃えないデータ比較は意味が薄く、再現性の担保ができません。
課題3:
目視の白カビ・ぬめりを“悪玉”と決めつけ、殺菌剤や消毒を過剰に使う誤防除が起きます。
注意点:過剰殺菌は拮抗菌も落とし、再侵入した菌が偏って優占しやすくなることがあります。防除は病原性の裏取り(顕微鏡・培養など)と環境是正(酸素・水分・温度)をセットで考えます。
菌叢(きんそう)と菌糸(きんし)の違い
菌糸(きんし)は個々の糸状菌が作る物理的な構造(糸状の体)で、観察できる形です。対して菌叢(きんそう)は、複数の菌が共存し環境の影響を受けながら成立している群集(状態)の概念です。菌糸が見える=菌叢全体が分かった、ではありません。
菌叢(きんそう)と菌相(きんそう)の違い
菌相は「その場所にどんな菌がいるか」という構成(メンバー)の意味で使われることが多く、菌叢は「それらがまとまりとして成立している状態(群集)」まで含めて語られがちです。ただし文献・現場で混用されるため、文書内ではどちらの意味で使うかを先に定義しておくのが安全です。






