登熟不良の概要
登熟不良(とうじゅくふりょう)とは、開花・受粉後に主として子実作物において、子実が十分に充実(じゅうじつ)せず、粒が軽い・未熟粒(みじゅくりゅう)が増える・品質が低下する状態を指す「症状名」です。病名でも害虫名でもなく、特定の農薬で直接「治す」対象ではありません。原因は高温(こうおん)・低日照(ていにっしょう)・水分(すいぶん)ストレス・栄養条件・根(ね)の機能低下など複数に分かれ、病害虫被害はこれらを通じて登熟を阻害する要因となる場合があります。登熟不良=原因が一つと決め打ちすると判断が外れます。
登熟不良の詳細説明
登熟(とうじゅく)とは、光合成(こうごうせい)で作られた同化産物(どうかさんぶつ)が穂(ほ)や籾(もみ)に移動し、主にデンプンとして子実内に蓄積される過程です。登熟不良は、この同化産物の供給量が不足する場合、または籾数過多や登熟期間不足などにより子実側の受け入れ能力を超えた場合に発生します。たとえば水稲(すいとう)では、出穂後(しゅっすいご)の高温により呼吸消耗(こきゅうしょうもう)が増え、同化産物が蓄積に回りにくくなる、低日照で供給自体が減る、根の障害で吸水・養分吸収が低下し葉の機能低下が早まる、といった経路が典型です。
原因の切り分けでは、不稔(ふねん)と登熟不良を混同しないことが重要です。不稔は受精(じゅせい)が成立せず籾に内容物が形成されない状態であるのに対し、登熟不良は受精後に子実への蓄積が不十分な状態です。外観が似るため、籾を割って胚(はい)の有無や内容物の充実度、粒厚(つぶあつ)や比重(ひじゅう)の偏りを確認し、症状が増え始めた時期が開花期か登熟期かを時系列で整理します。
誘発要因は一つとは限りません。高温・低日照・水不足や過湿(かしつ)などの環境要因に加え、窒素(ちっそ)の過不足、カリ不足、倒伏(とうふく)による受光低下、過繁茂(かはんも)による群落内の遮光、根傷み(ねいたみ)による登熟後半の吸水低下などの管理要因が重なって発生します。病害虫被害は登熟不良そのものの原因ではありませんが、葉面積(ようめんせき)の減少や穂の加害を通じて登熟を阻害する要因となる場合があります。症状名に対して対策を当てるのではなく、登熟を阻害している一次要因を特定して対策を講じることが原則です。
登熟不良の稲
登熟不良が圃場で引き起こす影響
登熟不良が進行すると、子実への蓄積不足により千粒重(せんりゅうじゅう)が低下し、屑米(くずまい)や未熟粒の増加を通じて実収量が減少します。また、白未熟粒(しろみじゅくりゅう)や充実不足粒の増加により外観品質が低下し、選別(せんべつ)時のロス拡大や等級低下につながります。これらは登熟期以降の管理で回復させることは困難です。
さらに、登熟のばらつきが大きい圃場では成熟期が揃わず、収穫適期(しゅうかくてきき)の判断が難しくなります。その結果、早刈り・遅刈りが混在し、乾燥調製(かんそうちょうせい)条件との相互作用によって砕米(さいまい)や品質ばらつきが増加するなど、調製・出荷段階での二次的損失が拡大します。
登熟不良への対応と判断基準
- 環境改善で回復可能な状態
登熟期の前半から中盤にあり、葉色低下や日中の萎れ(しおれ)が明確に水分ストレス由来と判断でき、登熟期間が十分に残っている場合は、回復の余地があります。この段階では、水管理(灌水・間断かんがい等)の是正、過度な乾燥や根域過湿の回避、倒伏進行の抑制などにより、同化産物の供給量を維持し、登熟不良の進行を抑える判断が有効です。 - 生育遅延が残る可能性がある状態
低日照や高温が長期間継続し、登熟期間の大半で同化産物の供給不足が生じた場合、後からの操作で充実度を完全に回復させることは困難です。この段階では、登熟不良を「治す」ことを目的とせず、圃場内のばらつきを前提に収穫適期を見直し、乾燥温度・仕上げ水分・選別設定を調整して、砕米や胴割れなどの二次的損失を最小化する判断が重要になります。 - 作り直し・更新判断が必要な状態
一年生作物では、登熟期後半に入ってからの管理操作によって登熟不良を改善することは現実的ではありません。この場合は当年作での回復を期待せず、次作に向けて出穂期以降の気象条件(高温・低日照)、施肥設計、株密度(かぶみつど)、根域環境、病害虫発生履歴を整理し、毎年同様の条件で再現される一次要因を特定して栽培設計を更新します。
登熟不良に関する留意点と課題
- 典型的な誤判断①:登熟不良=病気なので農薬で解決できる
なぜ誤りか:登熟不良は病名ではなく症状名であり、環境条件や栄養状態、根の機能低下など非感染性要因でも発生します。病害虫が関与していない場合、農薬散布によって登熟が回復することはなく、誤診に基づく対応となります。
対処方法:不稔との区別を前提に、葉・根・穂の被害痕、発生時期(開花期か登熟期か)を確認し、登熟を阻害している一次要因が病害虫である場合にのみ、防除を含めた対応を検討します。 - 典型的な誤判断②:窒素を足せば粒が太るので追肥を増やす
なぜ誤りか:登熟期後半の過剰窒素は、過繁茂や遅れ穂(おくれほ)、倒伏、病害助長を招き、群落内の受光条件を悪化させることで、登熟をさらに阻害する場合があります。登熟不良が確認された段階での安易な追肥は、改善よりも悪化につながることが少なくありません。
対処方法:追肥は葉色低下など明確な不足指標が確認でき、倒伏リスクや天候条件を踏まえても負の影響が小さいと判断できる場合に限定します。 - 典型的な誤判断③:白く見える粒はすべて同じ原因(高温だけ)と決め打ちする
なぜ誤りか:白未熟粒は高温だけでなく、低日照、水分ストレス、根傷み、登熟のばらつきなど複数要因によって発生します。外観が似ていても、発生要因が異なれば対策の方向性は一致しません。
対処方法:発生位置(乾きやすい部位、過湿部、倒伏部)、発生の広がり方、出穂後の気象条件、根の状態を組み合わせて確認し、要因を層別(そうべつ)して整理します。 - 典型的な誤判断④:収穫を遅らせれば登熟不良が解消する
なぜ誤りか:登熟が停止している場合、収穫を遅らせても子実の充実は進まず、粒重が増えることはありません。一方で、胴割れや品質低下、病害虫被害の追加といったリスクは時間とともに増大します。
対処方法:登熟の進行状況と圃場内の成熟ばらつきを踏まえて収穫適期を再設定し、乾燥調製条件を調整することで、登熟不良による二次的損失を最小限に抑えます。







