雑種強勢とは
雑種強勢(ざっしゅきょうせい)とは、遺伝的に異なる系統や品種などを交配して得られた雑種が、ある形質について親より優れた能力や旺盛な生育を示す現象です。英語では「heterosis(ヘテロシス)」または「hybrid vigor」と呼ばれます。
農作物では、特に異なる親系統を交配して作るF1(雑種第一代)で雑種強勢を利用し、収量、植物体の大きさ、生育量などを高める育種が行われています。トウモロコシをはじめ、野菜、イネ、ソルガムなど多くの作物で利用されています。
雑種強勢は「両親の良い性質をすべて受け継ぐ」という意味ではありません。
どの形質に雑種強勢が現れるか、その程度がどのくらいになるかは、作物、親系統、交配組み合わせ、形質によって異なります。
雑種強勢はどのように評価するか
雑種強勢は、F1の形質を親と比較して評価します。
研究では、両親の平均値と比較する「中間親雑種強勢(mid-parent heterosis)」や、能力の高い方の親と比較する「優良親雑種強勢(better-parent heterosis)」などの考え方があります。
- 中間親雑種強勢:F1が両親の平均値をどの程度上回るかを評価します。
- 優良親雑種強勢:F1が両親のうち能力の高い方の親をどの程度上回るかを評価します。
例えば、草丈では雑種強勢が大きく現れても、開花期や品質では同じような効果が現れるとは限りません。雑種強勢は、作物全体に一律に現れる性質ではなく、形質ごとに評価する必要があります。
雑種強勢が利用される主な形質
雑種強勢は、作物や交配組み合わせによって、生育量、乾物重、収量、草丈などさまざまな形質に現れることがあります。
例えば、トウモロコシでは自殖系統間の交配によるF1育種が広く行われており、親系統の組み合わせによって乾物収量などに強い雑種強勢が現れることがあります。
ソルガムでも雑種強勢が育種に利用されており、名古屋大学などの研究では、F1品種「天高」の高いバイオマス生産性に関係する遺伝的要因が解析されています。
「F1なら必ず多収になる」という意味ではありません。
雑種強勢の大きさは親系統の組み合わせによって異なります。実際のF1育種では、多数の交配組み合わせを比較し、目的とする形質について優れた組み合わせを選抜します。
耐病性と雑種強勢は分けて考える
雑種強勢の説明で、耐病性を「雑種強勢の一種」として扱うのは適切ではありません。
F1品種には耐病性の高い品種もありますが、その耐病性は、耐病性を持つ親系統から遺伝した形質である場合があります。
例えば、農研機構はサイレージ用トウモロコシについて、F1では収量などに雑種強勢が現れる一方、耐病性などには両親の形質が受け継がれると説明しています。
したがって、「F1だから病気に強い」「雑種強勢によって必ず耐病性が高まる」とは判断できません。耐病性については、それぞれの品種がどの病害に対する抵抗性を持つのかを個別に確認する必要があります。
雑種強勢が生じる仕組み
雑種強勢が生じる遺伝的な仕組みについては、古くから複数の仮説が提唱されています。
- 優性説:一方の親が持つ生育などに不利な潜性遺伝子の影響を、もう一方の親から受け継いだ優性遺伝子が補うことで、F1の能力が高まるという考え方です。
- 超優性説:ある遺伝子座で異なる対立遺伝子を持つヘテロ接合状態そのものが、どちらか一方をホモ接合で持つ状態より優れた効果を示すという考え方です。
- エピスタシス:異なる遺伝子座の遺伝子同士の相互作用によって、F1で優れた形質が生じるという考え方です。
雑種強勢をすべて一つの仕組みだけで説明できるわけではありません。作物や対象形質によって関与する遺伝子や作用が異なると考えられています。
名古屋大学などによるソルガムの研究では、F1品種「天高」の高バイオマス性について、複数の重要遺伝子による優性効果で説明できる事例が報告されています。
雑種強勢と自殖弱勢の関係
自殖弱勢は、自殖や近親交配を繰り返すことで、生育、稔性、収量などが低下する現象です。
雑種強勢と自殖弱勢は遺伝的に関係の深い現象ですが、単純に「正反対の現象」としてすべてを説明できるわけではありません。
F1育種では、自殖によって遺伝的に固定された親系統を作り、それらの中から組合せ能力の高い系統同士を交配する方法が利用されます。親の自殖系統自体は生育量が低下する場合がありますが、その特定の組み合わせから得られるF1では強い雑種強勢が現れることがあります。
雑種強勢とF1の違い
F1と雑種強勢は同じ意味ではありません。
- F1:交配によって得られた雑種第一代という「世代」を表す言葉です。
- 雑種強勢:その雑種が親と比較して旺盛な生育や高い能力を示す「現象」を表す言葉です。
したがって、F1であっても目的とする形質について強い雑種強勢が現れない組み合わせがあります。
実際の育種では、多数の親系統を交配してF1を作り、その中から収量や品質など目的とする形質に優れた組み合わせを調べます。この能力を「組合せ能力」と呼びます。
雑種強勢を利用したF1品種の種子生産
雑種強勢の強いF1品種を毎年同じ特性で生産するには、元となる親系統を維持し、決められた組み合わせで交配してF1種子を生産します。
F1から採取した種子を播いた次世代のF2では、遺伝子が分離・再組み合わせされるため、F1と同じ均一性や雑種強勢をそのまま維持できるとは限りません。
そのため、F1品種では「優れたF1個体を選抜して、その子孫をそのまま増殖する」のではなく、目的とするF1を作り出す親系統と交配組み合わせを維持することが基本になります。
F1種子の採種には、作物によって雄性不稔や自家不和合性、人工除雄などが利用されます。
雑種強勢について誤解されやすい点
- 「異なる品種を交配すれば必ず雑種強勢が現れる」:誤りです。雑種強勢の程度は親系統の組み合わせや対象形質によって異なります。
- 「F1なら必ず親より優れている」:誤りです。F1は世代を示す名称であり、すべての形質が両親より優れることを意味しません。
- 「雑種強勢によって耐病性が高くなる」:一律にはいえません。耐病性は親から受け継いだ遺伝形質である場合があり、雑種強勢とは分けて評価する必要があります。
- 「雑種強勢には収量型・耐病型・成長促進型という種類がある」:このような分類は一般的な育種学上の標準分類ではありません。雑種強勢は形質ごとに評価します。
- 「雑種強勢の強いF1を選抜して何世代も増やせば同じ品種になる」:誤りです。F2以降では遺伝子の分離が起こるため、通常は親系統を維持して同じ交配を行いF1を生産します。
関連する資材分類・農業用語
雑種強勢の参考動画
雑種強勢は、親系統の交配によってF1の生育量や収量などが変化する現象であり、その遺伝的な仕組みは現在も研究が進められています。
雑種強勢を実際の作物育種にどのように利用しているかを理解する資料として、科学技術振興機構(JST)が公開している次の研究成果報告が参考になります。
ソルガム雑種強勢の原理解明によって期待される脱炭素社会構築への波及効果
科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業・佐塚隆志氏(名古屋大学)
JST未来社会創造事業 公開成果報告会・発表③(YouTube)を見る
動画について:
この動画は、雑種強勢を利用したソルガム育種と、その遺伝的な仕組みに関する研究成果を理解するための参考資料として紹介しています。雑種強勢の基礎を説明する入門動画ではなく、研究成果を中心とした専門的な内容を含みます。
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参考資料
- 農研機構「春播き・晩播及び夏播き用サイレージ用トウモロコシ一代雑種の新親品種『Mi106』」
- 農研機構「SSRマーカーによるトウモロコシ自殖系統の遺伝子型のプロファイリング」
- 農研機構「雄性不稔維持遺伝子型(rf1)を識別できるDNAマーカーを利用した効率的選抜法」
- 名古屋大学「ソルガムF1品種『天高』のバイオマス雑種強勢に必要十分な5重要遺伝子が明らかに」
- 科学技術振興機構(JST)「雑種強勢の原理解明によるバイオマス技術革新」
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