胚培養(はいばいよう)

胚培養
胚培養(はいばいよう)

胚培養とは

胚培養(はいばいよう)とは、植物の種子や胚珠の中にある胚を取り出し、栄養分を含む人工培地で育てる技術です。植物組織培養の一種で、一般に無菌条件下で行います。

主に、種間交雑などで正常な種子が形成されにくい場合に、未熟な胚を救済して植物体へ育てる目的で利用されます。この方法は「胚救済(embryo rescue)」とも呼ばれます。

胚培養は、交雑胚の救済だけでなく、種子の発芽が難しい植物の育成や、種子の成熟を待たずに植物体を得る育種研究にも利用されています。

胚培養の仕組み

通常、被子植物では受精によって形成された胚が、胚珠内で胚乳などから養分の供給を受けながら発達し、成熟した種子が形成されます。

ところが、遺伝的に離れた植物同士の交雑では、受精しても胚乳の発達不全や胚と周辺組織の生育不均衡などによって、胚が途中で退化することがあります。

胚培養では、胚が枯死する前に取り出し、糖類や無機養分などを含む培地で育てることにより、通常の種子形成が困難な交雑組み合わせから植物体を得られる場合があります。

胚が非常に小さく、単独で取り出すことが難しい場合には、胚珠ごと培養する「胚珠培養」や、子房を用いる「子房培養」が選択されることもあります。

ハクランの育成と胚培養

胚培養を利用した代表的な育種例に、ハクサイとキャベツ(カンラン)の種間交雑によって育成された「ハクラン」があります。

ハクサイはBrassica rapaに属し、体細胞の染色体数は2n=20です。キャベツはBrassica oleraceaに属し、2n=18の染色体を持ちます。

両者を交雑すると、受精によって雑種胚が形成されても、正常な種子になる前に発達が停止することがあります。

日本では、こうした未熟な雑種胚を人工培地で培養し、植物体へ成長させる研究が進められました。

交雑によって得られる雑種は基本的に2n=19であり、染色体の組み合わせが不均衡なため、正常な花粉や種子を形成しにくい問題があります。

ハクランの育成では、胚培養によって得た雑種植物に染色体倍加処理を行い、ハクサイ由来のAゲノムとキャベツ由来のCゲノムを併せ持つ複二倍体(2n=38)を作出しました。

さらに、結球性、葉質、稔性などの形質について選抜を重ねることで、新しい葉菜類として育成されました。

ハクランの胚培養のやり方

ハクランのような種間雑種を作出する場合、人工交配から胚の摘出、培養、植物体の再生まで、複数の工程が必要です。

以下は、ハクサイとキャベツの交雑に関する研究報告を基に整理した基本的な作業工程です。

  1. 交配親の準備
    ハクサイとキャベツの開花期を合わせ、健全な花粉を供給できる株と、種子親となる株を準備します。交配に使用する品種や系統によって、交雑成功率が異なります。
  2. 人工交配
    種子親の開花前のつぼみから雄しべを取り除く除雄作業を行い、花粉親の花粉を人工授粉します。不要な花粉の混入を防ぎ、交配組み合わせと授粉日を記録します。
  3. 未熟な果実の採取
    交配後、胚の発達状況を確認し、退化する前に果実(長角果)を採取します。適切な採取時期は、交配方向、品種、栽培環境などによって異なります。
  4. 表面殺菌
    採取した果実の表面を適切な方法で殺菌し、滅菌した器具を使用して、クリーンベンチなどの無菌作業環境で操作します。
  5. 胚の摘出
    果実を開いて胚珠を取り出し、実体顕微鏡などを使用して胚を確認します。摘出できる大きさの胚は、周辺組織を傷つけないよう慎重に分離します。胚が未発達で摘出できない場合は、胚珠培養などを検討します。
  6. 人工培地への移植
    摘出した胚、または胚を含む胚珠を、糖類、無機養分などを含む滅菌済み培地へ移植します。培地組成は胚の発達段階や交配組み合わせに応じて選定します。
  7. 培養と発芽・発根
    温度、光条件などを管理しながら培養し、胚の発達や発芽を促します。正常な茎葉と根が形成されるかを確認し、必要に応じて培地を変更します。
  8. 順化と育苗
    培養容器内で成長した植物体を取り出し、湿度や光条件を段階的に調整する順化を行い、通常の育苗環境へ移します。
  9. 染色体倍加と系統選抜
    得られた雑種植物について、交雑由来であることや染色体構成を確認します。ハクランのような稔性を持つ複二倍体の育成では、必要に応じた染色体倍加処理と、その後の形質選抜・採種性の評価が行われます。
ハクランの胚培養ステップ図
ハクランの胚培養ステップ図

培養方法について:この工程は、過去の研究報告を基にした技術の概要です。特定の品種間で成功することを保証する実験手順ではありません。胚の採取時期、培地組成、培養温度などは、実際の交配材料に応じた検討が必要です。また、染色体倍加に使用されるコルヒチンは有害な薬剤であり、適切な安全管理ができる専門施設で取り扱う必要があります。

研究報告に記録された胚の採取時期

農林省野菜試験場の大澤勝次氏が1977年に発表した総説「野菜の組織培養」では、ハクラン育成に関連する交雑胚の発達を調査し、次のような採取時期が説明されています。

  • キャベツを種子親にした交配:交配後30日前後
  • ハクサイを種子親にした交配:交配後20日前後

これらは当時の研究における目安です。すべてのハクサイとキャベツの品種に適用できる最適日数ではありません。

胚珠培養に使用された培地の研究例

2001年に愛媛大学の研究者らが発表した「胚珠培養によるアブラナ科作物A, Cゲノムにおける種間複二倍体系統の育成」では、Brassica oleraceaとBrassica campestris(現在のB. rapaに相当する分類)の交雑で、胚珠培養条件を検討しています。

この研究では、交配後15~20日目が胚珠培養に適した時期とされ、次の培地が最適条件として報告されています。

  • 基本培地:B5培地
  • ココナッツミルク:150mL/L
  • カイネチン:2.5mg/L
  • NAA(ナフタレン酢酸):2.5mg/L

この培地を利用して種間雑種植物を得た後、染色体倍加処理による複二倍体の育成と、稔性の評価が行われています。

また、2018年に発表された別のアブラナ科交雑研究では、ハクサイを種子親、キャベツを花粉親とする組み合わせで、交配後15日目の胚救済が良好な結果を示しました。この研究では、ショ糖30g/L、寒天9g/Lを含むMS培地(pH5.8)を用い、23±2℃、明期13時間の条件で培養しています。

研究条件の取り扱い:2001年の報告は胚珠培養、2018年の報告も胚を含む胚珠を利用した胚救済の研究です。胚そのものを摘出する胚培養とは操作が異なります。また、いずれも歴史的なハクラン育成時の培養条件をそのまま再現したものではありません。研究例の数値を組み合わせ、独自の標準培養法として使用することは適切ではありません。

胚培養の主な利用目的

種間・属間交雑による育種

受精後に胚が退化する交雑組み合わせで、雑種植物を得るために利用されます。栽培種と近縁野生種の交雑による遺伝資源の導入などにも関係します。

育種期間の短縮

種子の成熟を待たずに胚を育てることで、次世代の植物体を早く得られる場合があります。短縮できる期間は植物の種類や培養条件によって異なります。

発芽が難しい植物の育成

成熟種子の発芽に強い休眠性などの問題がある場合、胚を取り出して培養することで発芽・育成できることがあります。種子の発芽阻害要因によっては、胚培養だけでは解決できません。

胚培養と胚珠培養・不定胚形成の違い

  • 胚培養:受精によって形成された胚を取り出し、人工培地で育てる方法。
  • 胚珠培養:胚を含む胚珠などを取り出して培養する方法。未熟胚が小さく、単独で取り出しにくい場合の胚救済にも利用されます。
  • 不定胚形成:通常の受精とは異なる経路で胚状の組織を形成させる技術。葉や茎などの組織に由来する体細胞不定胚の形成が代表例です。

胚培養と不定胚形成は、どちらも植物組織培養に関係しますが、胚の由来と形成過程が異なります。

胚培養で失敗しやすい原因

胚の採取時期が適切でない

採取が早すぎると胚が小さく、摘出や培養が難しくなります。遅すぎると胚が退化し、培養しても正常に発達しない場合があります。採取時期は交配方向や品種、胚の発達状態に基づいて判断します。

培地の条件が合っていない

培地中の糖濃度、無機養分、植物成長調整物質などが適切でなければ、胚の発達や発根が阻害される場合があります。別の植物で成功した培地を、そのまま使用できるとは限りません。

胚の損傷・微生物汚染

小さな胚の摘出では物理的な損傷が起こりやすく、無菌操作が不十分な場合は細菌やカビが増殖します。摘出技術だけでなく、器具の滅菌や培養材料の取り扱いも必要です。

雑種植物の稔性が低い

培養によって植物体が再生しても、花粉や種子が正常に形成されるとは限りません。特に種間雑種では、染色体構成の違いによって稔性が低下する場合があります。

ハクランの育成でも、胚培養後の染色体倍加や系統選抜が必要でした。胚の救済成功率と、品種として安定的に種子を生産できる能力は分けて評価する必要があります。

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参考資料

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